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「おっぱいとトラクター」書評 大まじめな論文がユーモア醸す

評者: 鴻巣友季子 / 朝⽇新聞掲載:2010年09月19日
おっぱいとトラクター (集英社文庫) 著者:マリーナ・レヴィツカ 出版社:集英社 ジャンル:一般

ISBN: 9784087606096
発売⽇:
サイズ: 16cm/461p

おっぱいとトラクター [著]マリーナ・レヴィツカ

 作者は独の難民キャンプで生まれたウクライナ系英国作家。本書が58歳のデビュー作だ。
 最愛の妻をなくした老父の前に、巨乳の若いウクライナ美女が現れ、悩殺された父さんは結婚へまっしぐら! 女はヴィザと就労許可証目当てなのが見え見えで、娘たちは邪魔をしようと奔走するが……。
 イギリスのコメディ文学賞を受けただけあり、テンポのある文章、畳みかけるボケ・ツッコミの連続で飽きさせない。しかし本作の真髄(しんずい)は、元エンジニアの父が新妻のインテリの元亭主に勧められて書く論文「ウクライナ語版トラクター小史」(原題はここから)である。農業トラクターはソ連にコルホーズを創造し、英国では自動車の技術で進歩を遂げ、武器を生み、はては1920年代米国の株価大暴落と世界恐慌を起こしたという。大真面目(まじめ)な論文が本作の物語文脈におかれると、えも言われぬユーモアを発揮する。発明された一台のトラクターを起点として世界の歴史を俯瞰(ふかん)するところに発想の転換がある。言語と国と人種の越境というパワーがもたらした茶目(ちゃめ)っ気が、最大限に生かされた快作だ。
 鴻巣友季子(翻訳家)
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 青木純子訳、集英社文庫・840円