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是枝映画の源流 複雑な現実を、複雑なまま

 カンヌ国際映画祭で是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞パルムドールを取った。社会の底辺で生きる一家の物語。アート系映画としては異例のヒットになっている。今回、是枝映画を初めて見た人も多いだろう。
 彼の映画を知るための最適な入門書は彼自身が著した『映画を撮りながら考えたこと』。1995年に「幻の光」でデビューした経緯から、その前のテレビドキュメンタリスト時代を含め、彼の仕事が語られている。
 「『幻の光』は、監督としては非常に反省の多い作品」と是枝は正直に書く。「DISTANCE」や「花よりもなほ」は「ちょっと頭で考えすぎていたかもしれない」。本書を読めばこうした反省も含めて、過去の映画がすべて、今回の受賞作に流れ込んでいることが分かる。
 「万引き家族」に流れ込んだのは劇映画だけではない。『雲は答えなかった』は、是枝が初めて作ったドキュメンタリー番組「しかし…福祉切り捨ての時代に」(91年)を元に書かれた。環境庁の局長の自殺を追ったノンフィクションだ。局長は水俣病訴訟の国側の責任者で、和解勧告を拒否して「批判の矢面」に立たされた末に自殺をした。

世界を実寸大に

 4年前、再文庫化の際に、彼は書く。「作家のすべてが処女作に込められているというのはよく聞く話だ」「僕にとってそれは映画デビュー作ではなく、明らかにこの『雲は答えなかった』ということになる」と。
 この中で是枝は新聞を批判する。局長の自殺までは環境庁を悪者に仕立てた。自殺が分かると、「大蔵省や通産省との意見調整がうまくいかず、和解勧告を受けられずに苦しんだ」と局長に同情した。是枝は憤る。自殺前にそれをどこも指摘しなかったのはなぜか? 彼を批判の矢面に立たせたのは誰か、と。
 マスメディアの側から言わせてもらえば、複雑な現実を複雑なまま投げ出すよりも、ある程度、整理して提示することが求められる。その過程で単純化への誘惑が断ち切れないのも事実である。この本にはほかにも、現実を単純化することへの警告が随所にちりばめられている。
 単純化を嫌い、複雑なまま世界を提示する。これを徹底的に実践するのが是枝映画だ。「万引き家族」は犯罪を擁護する映画でもなければ犯罪を撲滅する映画でもない。社会的弱者を持ち上げたり、たたき落としたりもしない。複雑系の映画だ。
 是枝は年金詐取事件を報じた記事に着想を得たという。複雑な事情を抱える家族が起こした事件を、新聞記事が圧縮・単純化し、それをまた、是枝が複雑な実寸大に戻す。こうして「万引き家族」は生まれた。
 この作風を彼は多くの先人から学び取った。ここでは、その中から脚本家の山田太一を挙げたい。山田がホームドラマの作家であり、近年、是枝が撮る映画の多くがホームドラマの形式を取っているからだ。
 是枝は、山田の「想い出づくり。」が「大学時代に観(み)たドラマでいちばん好き」と語る(『是枝裕和対談集 世界といまを考える 1』PHP文庫)。『想い出づくり』はその脚本を収める。3人の若い女性の物語であり、それぞれの家族を描いた三つのドラマの集合体でもある。

家族の両面描く

 山田が描くのは「家族だからわかりあえる」でなく「家族だからわからない」だった。是枝は『映画を撮りながら考えたこと』でそう分析する。そしてこう続ける。「『かけがえがないけど、やっかいだ』。その両面を描くことが、ホームドラマにとってはとても重要だと考えています」
 今回の受賞は、山田や向田邦子らが育んできた日本のホームドラマが初めてカンヌの頂点に立ったということでもある。=朝日新聞2018年7月7日掲載