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異質な世界を捉える学問のいま

イメージの人類学 著者:箭内 匡 出版社:せりか書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

価格:3240円
ISBN: 9784796703734
発売⽇: 2018/04/19
サイズ: 21cm/308,5p

著者自身のフィールドワーク経験を反芻しながら、「脱+再イメージ化」と「社会身体」という2つの独自の概念を提起し、それを土台に、20世紀人類学の成果を清新な形で蘇らせる。【…

評者:野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月14日

イメージの人類学 [著]箭内匡

 サナギの中はどろどろに溶けている状態だという。しだいに形ができてきて、やがて羽化して飛び立つ予感に満たされる。そんな姿を見ているようで、なんだかドキドキする。箭内さんは、文化人類学が新たな現代人類学として飛び立つことを企てている。
 文化人類学というと、西洋の文化・社会とはまったく異なる未開の地に赴き、そこで長期にわたり暮らして民族誌を作成する、そんなイメージがある。その土地は西洋文化の影響から閉ざされた場所である方が望ましい。だが、現代において、そんなフィールドがどれほど残されているだろう。どんな場所も、外部へと開かれ、さまざまな影響を受け、変化し続けている。かつて文化人類学がフィールドとした「文化」や「社会」というまとまりが、曖昧で流動的になってきているのである。
 じゃあ、文化人類学はその役目を果たし終えたのか?
 そこで箭内さんは、古典的な人類学の著作を動員して、人類学の精神と方法論のエッセンスを引き出し、そこから「脱+再イメージ化」や「社会身体」といった新たな人類学の方法を導く道具立てを考案する。だが、いまはその解説は控えよう。本書は、箭内さん自身のフィールドワークを含むさまざまな研究の紹介において、圧倒的に豊かなディテールをもっている。しかし、読み終えたとき、私には一つのイメージが鮮やかに浮かび上がってきたのである。あ、人類学というのは、つまりそういうことだったのか!
 自然科学は、どのような人たちにも受け入れられるべき客観的なデータに基づこうとする。だが、人間の生はそれだけではけっして捉えきれない。私たちとは異なる慣習や自然観や宗教をもっている人たちがいる。そうした人たちに開ける世界と生を理解すること。人類学はそれを一貫して目指してきた。そして、自然科学的な視線からこぼれ落ちてしまう、その生と世界の相貌を掬い取る方法を開拓し、鍛え上げてきたことこそ、人類学がもっている学問的アドバンテージであった。
 だから、人類学の特徴はそのフィールドの特異性にあるのではない。私たちとは異なる生や世界を可能なかぎりその内側から捉えていこうとする人類学の方法は、いまやあらゆる対象に向けられうるものとなる。実際、現代人類学の主題は、映画、スポーツ、インターネット、科学技術、さらには難病に侵されていく人類学者自身にまで及ぶ。箭内さんが抽出した方法論を通してそれらを見るとき、そこに一つの方向性が感じられてくるだろう。そしてその先に、現代人類学が飛び立つ姿が見えるような気がする。
    ◇
 やない・ただし 1962年生まれ。東京大教授。文化人類学を東京大で、哲学をバルセロナ大で学ぶ。編著書に『映像人類学(シネ・アンスロポロジー)』など。共著に『時間の人類学』など。