あなたは誰かに本を勧めたことはあるだろうか。静かに思い浮かべてみて欲しい。
書店員の著者は、夫に別れを告げ家を飛び出し、一時宿無し生活を送ることに。疲れた日々の中で見つけたのは、奇妙な出会い系サイト「X」。そこでは相手の性別を問わず、「知らない人と30分だけ会って、話してみる」ことができる。著者はアピールも兼ねて、Xで実際に会った人に「ぴったりな本」を勧めるようになる。個性的な相手の言動に元気をもらい、ときには怒りにかられたり、号泣したり。〈自分の求める幸せが何なのか〉を?み締める。
どのように本を勧めたら興味を持ってもらえるのか、良い記憶として留めてもらえるのか――。技を磨いた著者は、どんどん身軽になっていく。挑戦できる自分を「好きだな」と率直に肯定する。〈無機質で居心地が悪いとしか思ってなかった街は、少し扉を開けたらこんなにもおもしろマッドシティーだったのだ〉。視界が開けていくような爽快感を覚えた。これは紛れもない冒険だ。
この冒険には目的がない。〈どこまでも流れていって見てやろう。行けるいちばん遠くまで〉。こんな勇気を大人になってから持てるのだと驚き、嬉しく思った。一冊の可能性に気づき、届くべき人に本を届ける。その使者としての役割を、著者は再確認する。書店を飛び出した活動は、再び書店員の仕事へ還元されていくのだ。
本書は、出会う「人」にも焦点を当てる。本を紹介する際、相手の心の奥に意図せず触れてしまうことがある。相手の弱さをためらうことなく受けとめる花田さんの姿にほっとする。
互いの不安を交換し、少し遠くから励まし合う。そんな不器用な人々の生が、この世界に星のごとく散らばっている。今朝電車に乗り合わせたあの人もこの人も、そんな出会いを密かに求めているのではないか。本書が読まれている事実に、そんな希望を重ねてみたい。
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河出書房新社・1404円=6刷3万部。4月刊行。書店の店長の著者による「実録私小説」。担当編集者によると、「登場する本を読みたい」という声も多いという。=朝日新聞2018年7月14日掲載
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