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“贔屓”したくなる不良少年 マーク・トウェイン「ハックルベリー・フィンの冒険」

Mark Twain(1835~1910)。米国の作家。

桜庭一樹が読む 

「さあ、ジム、これでまた自由人になったんだ。もう二度と奴隷にはされねえよ」
 舞台は南北戦争前のアメリカ中西部、ミズーリ州ののどかな町。不良少年ハックは、酔いどれ暴力親父(おやじ)のもとから家出し、逃亡奴隷ジムと一緒に、筏(いかだ)でミシシッピ川を下りだした。どこまでも、どこまでも……!
 本書は『トム・ソーヤーの冒険』の続編だ。だから二人の主人公を比べられることが多いのだが、トムが“大人になったら町の名士になりそうなガキ大将”なのに対し、ハックのほうは“貧乏クジを引くアメリカン・ヒーロー”タイプの少年である。
 ……と言われると、読む前から、俄然(がぜん)、ハックを贔屓(ひいき)したくなっちゃいませんか? ねぇ?
 ハックの特性は、世間の決まりごとも、法律も、偉い人の命令も、あんまり信じないところだ。じゃ、なにをもとに行動してるのか? それは“本能”と、善人として生まれたせいで潜在的に持っている“良心”なのだ。
 危険を冒して逃亡奴隷ジムを助けたのも、思想的な行動ではない。そうするべきだと直感したから。それと、友達だからだ。“既存の権威を否定して、自分なりの道徳を発明し、仲間を命がけで守る”のが彼の生き方だ。そして、それこそまさに、老いたる巨人ヨーロッパに対する、若い国家アメリカ(ヤンキー)の在り方の擬人化だったのではないか?
 ところでわたしは、小学生のとき以来、久しぶりに本書を読み返した。そして、ハリウッド映画やドラマを通して、自分が繰り返しハックと再会していたことに気がついた。たとえばトム・クルーズやブラッド・ピットが演じた愛すべき不器用な若者たち。ドラマ「24―TWENTY FOUR―」「ER 緊急救命室」などの主人公……。
 百三十年以上前に生みだされたこの不良少年こそが、良きアメリカ人の定型なのだ。文学的にも、フォークナーやヘミングウェイなど、後続作家に多大な影響を及ぼした。本書はアメリカ文学の正典(キャノン)に相応(ふさわ)しい、華々しき一冊だ。=朝日新聞2018年7月14日掲載