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「健康な食生活」という呪縛 高樹のぶ子

 最近テレビ番組で、健康長寿のための食べ物が紹介されたり、運動の仕方などの指南も行われていて、視聴者も無関心ではいられなくなっています。
 私もその一人として、お医者様がヒナ壇に並んで、あれこれとアドバイスして下さる番組はよく見ていて、すべてが参考になるわけではないけれど、可能なかぎり実行に移しています。
 あのような健康番組が毎週各局で制作されているのだから、人気ドクターは引っぱりダコでしょうし毎回テーマを見つけてくるのも大変でしょうね。
 私のような健康オタクは、その都度メモを取って実行するので、お勧めの食品もどんどん増えて、これらを全部摂取すると、お腹(なか)が健康食品でパンパンになって病気になってしまいそう。
 たとえばお酢ですが、我が家の食卓にはリンゴ酢、黒酢、柿酢、米酢が並んでいます。オイル類も、ごま油、エゴマ油、オリーブ油に麻の実オイル、オメガ3を大量に含んだ菜種油、といろいろ。
 完全に情報に呑(の)み込まれています。
 人間はいつか必ず死ぬのだから、死が怖いのではない。少しは怖いけれどその覚悟は出来ている。怖いのは病気なのです。寝たきりになって周囲に迷惑をかけるのはイヤだし、好きなことが出来ない不自由さも辛(つら)い。
 というわけで、我が家の朝食はテレビの情報を可能な限り取り込んで満艦飾。まるで義務とノルマの朝ご飯。緑黄色の野菜、ハムや茹(ゆ)で卵、人参(にんじん)に海藻にキノコにブロッコリー、ヨーグルトの中には椎茸(しいたけ)の粉とコラーゲンとさらに桑の実ジャムが入っています。シリアルだって十数種類の穀物や果物が入っているし、リンゴと小松菜のスムージーも。
 ときどき呆然(ぼうぜん)と立ちつくします。これらが朝食に入り込んできたのは、明らかにテレビ番組のせいなのだと。アレも必要、コレも大事!
 この呪縛から自由になれるのが海外での食事で、いろいろ考えても選択肢はなく、居直って本能優先。先日はバルセロナでパエリャに焼き野菜山ほど、白ワインをお腹一杯。しかも結果としてその日一度きりの食事。よく考えれば不健康この上ない旅メシ。
 まあ、旅先だから良いか。日本に戻れば「健康な食生活」が待っているのだから。体重オーバーしようがお肌が乾燥しようが、帰国すればすべて元通りになるに違いない。
 非日常とは恐ろしいもので、自制心もなく野放図に飲み食いして、さて帰国……。こわごわ体重計に乗ったところ、出掛ける前と全く変わらず、体調も問題なく、お肌はむしろ調子良くなったみたい。
 ということは、日々の自制と呪縛は何だったのでしょう。=朝日新聞2018年7月14日掲載