デビューは鮮烈だった。「流跡」でドゥマゴ文学賞、2作目の「きことわ」が芥川賞。それから7年。いくつもの出会いが時間をかけて醸成した。朝吹真理子さんの『TIMELESS』(新潮社)は複数の時間を丁寧に織り込んだ、初めての長編小説だ。
「きことわ」を出した後すぐ、編集者と3作目の打ち合わせをした。恋愛感情を持たない女性と、被爆者の祖母を持つ男性。「2人の姿とタイトルはすでにありました。ただ、この小説の道行きがずっとわからなかった」
書きあぐねていたときに、演出家の飴屋法水(あめやのりみず)さんから舞台のテキストを書かないか、と大分県・国東半島芸術祭に誘われた。小説も書けないのに舞台なんて、と尻込みする朝吹さんに飴屋さんは、大丈夫大丈夫、と言って、こう続けた。「朝吹さんが書けても書けなくても、初日が来て千秋楽を迎えるから」
ふっきれた。「演劇の形で、共同でものを作ったことが、私にとってすごく大きな体験でした」。そして筆が再び動き出す。
主人公うみと夫アミの間に恋愛感情はない。2人は「交配」を経て、アオという名の息子が生まれる。うみは淡い色で描かれる日常を生きるが、アオが奈良で過ごす数日は濃厚だ。幻想はより深くなる。作品には、雨の気配がずっとある。
東京・六本木の街を歩くうみとアミ。江戸時代、江姫の荼毘(だび)所がここにあった、とアミが語る。江姫は現在のミッドタウンの前で火葬され、その煙が飯倉までたなびいた、と教えてくれたのは歴史家の磯田道史さん。対談企画の後、一緒に車で通りかかった。
「ミッドタウンの前で!と、えもいわれぬ感動がありました。そう聞くと、江姫の煙が感じられるような気がする。泡のようにぽこぽこと浮いていたイメージが、爆発的に膨らんだ。自分がずっと探していたイメージはここに帰着するんだ、と確信しました」
連載でなければ書けなかった、という。抑制の利いた文だが、「出ちゃったところから考える。ここまで書いたことが、その先を教えてくれる」。小説の中ではいくつもの時間が流れている。「時間は一本道ではなく、多層的だと感じている。薄い膜の重なりになっている時間を少しずつめくるように書いていました」(中村真理子)=朝日新聞2018年7月18日掲載
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