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命つなぐ手料理、内戦への抵抗

パンと野いちご 戦火のセルビア、食物の記憶 著者:山崎佳代子 出版社:勁草書房 ジャンル:食・料理

価格:3456円
ISBN: 9784326851942
発売⽇: 2018/05/15
サイズ: 20cm/307p

民族同士が対立し、住むところを追われ、移動を強制された旧ユーゴスラビアの人々。バルカン半島に長年住む著者が、その体験を食べ物をキーワードに聞き取った証言集。伝統的な家庭料…

評者:都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月21日

パンと野いちご 戦下のセルビア、食物の記憶 [著]山崎佳代子

 突然、国内が戦争になる。家にいても銃声が聞こえる。兵士がやってきて、今すぐここを明け渡せという。そのとき必要なものとは何か。毎日の食べ物と、人とのつながりだ。
 約40年間、セルビアの首都ベオグラードに住んでいる山崎は、ユーゴスラビア内戦から20年近く経って、セルビア系難民たちの聞き書きを始めた。なぜか。欧米の巨大メディアが作った、セルビア民族主義対他の共和国の人々、という単純な構図からこぼれ落ちたのが彼らだからだ。
 今まで声を与えられて来なかった彼らの語る過去は壮絶だ。クロアチア系やアルバニア系の兵士たちに追い立てられる。セルビアを目指して移動するも、生きて検問を通り抜けられるかどうかさえわからない。
 それでも彼らは負けない。あらゆる手段を駆使してどうにか連絡を取り、遠い親戚にかくまってもらう。備蓄してきた食料を使って、なんとか日々の料理を作る。料理について、ゴルダナという女性は語る。「こうした状況のなかで、正常な気持ちを生み出してくれる、それは異常なことが起こっていることに対する抵抗でもあるのよ」
 だから本書には様々な料理のレシピが載っている。トルコ、スラブ、ドイツ、ハンガリーなど多くの起源を持つ食べ物は、どれも美味しそうだ。こんなに危険な時代に彼女たちが手の込んだ料理を作り、人々をもてなしていたことに驚く。
 裏切りと暴力の時代にこそ、真の友情は現れる。民族の壁を越えて助けてくれる人がいる。留守中の家を見まもってくれる人がいる。動物ですら彼らのために涙を流す。ミーラは言う。「草を食べさせようと、馬を放してやると、こちらを向いて涙をこぼした。馬は泣きました、人間のように」
 大切なのは命だ。そして命に宗教や民族の違いなどない。食べることに注目した本書は、そんな当たり前の真実を教えてくれる。
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 やまさき・かよこ 1956年生まれ。詩人、翻訳家。81年にベオグラードに移住。著書に『ベオグラード日誌』など。