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どう感じ、変わり、実践するのか 見城徹さん「読書という荒野」

伊ケ崎忍撮影

 幻冬舎を率いて数々のベストセラーを送り出す一方、関わった本が物議を醸したり、自身のネット番組で首相を称賛したり。良くも悪くも、いまこれほど話題になる出版人はいない。
 本によって切りひらいてきたといってもいい人生だ。高校時代に影響を受けた高橋和巳や五味川純平、編集者として出会った中上健次や五木寛之……。熱い作家たちについて、さらに熱く語るのが本書。使命感から書いたという。「知識を得るために本を読むんじゃない。人としてどう感じ、変わり、実践するのか。おれはこう生きてきた、あなたはどう生きるのか。血を噴き出しながら七転八倒する実践的読書論だと思っている」
 中でも、「通奏低音として響かせた」というのが、思想家・吉本隆明の「マチウ書試論」。マタイ伝を題材に、原始キリスト教とユダヤ教の相克を「関係の絶対性」の中で論じた初期吉本の代表的批評だ。
 初めて読んだのは大学時代。学生運動にのめり込んだが、テルアビブ空港で銃乱射事件を起こした日本赤軍の奥平剛士らの死に打ちのめされた。「自分は理念のために死ねなかった」。思い悩み、吉本の詩や評論に救いを求めた。
 「数百回読んでも、わからない部分がある」という。ただ、受け取ったメッセージは明快だ。「吉本は孤独な革命闘争を戦いながら、人妻に恋をしていた。倫理と真っ向から矛盾する葛藤の中で、マタイ伝を無理やりに自分に結びつけて読み、自己肯定したんです」
 仕事に邁進(まいしん)したのは「矛盾と不正と差別のある間違った世界を泳ぎ切ることが、その汚さの証明になる」と考えたから。「おめおめと生き残ったことに理屈をつけるしかない。自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返した先の自己正当化です。だから、売れなければ意味がなかった」
 この本は成功者としての自分に憧れる若者への啓蒙(けいもう)であり、疑問を持つ人に対する反論とも読める。そして、自身の生き方が問われる十字架でもある。「薄っぺらじゃないかと何度も担当編集者に聞いた」。不安や劣等感を体内に溶かしこんでいるからこそ発する熱が、他者を引きつけるのだろう。(文・滝沢文那 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2018年7月21日掲載