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【谷原店長のおススメ】中学生作家が描く、豪快で明るい母娘の世界 「さよなら、田中さん」

 いらっしゃいませ。ようこそ谷原書店へ!店長の谷原章介です。これから月1回、皆さんに僕がいまお薦めしたい本を、どんどん紹介していきます。

 当店の自慢は何と言っても、小説・ノンフィクション・漫画など、ラインナップが多彩なところ。じつは僕自身、月に約10冊を読むほどの大の「本の虫」。仕事場で出会う人に「最近面白い本ありますか」って聞いてまわっては読むジャンルを広げているのですが、広げすぎて部屋にはまるで地層のように本が積まれています…。谷原書店では、新刊や往年の名著など、お薦めの1冊を垣根なく紹介していきますので、ぜひ手に取っていただければ幸いです。

 記念すべき第1回は、『さよなら、田中さん』(鈴木るりか著、小学館)。
著者の鈴木さんは、なんと2003年生まれの中学3年生。小説デビュー作です。「12歳の文学賞」で大賞を史上初の3年連続で受賞。受賞作に書き下ろしを加えた連作短編集です。

 僕がこの本を知ったのは、約2カ月前。司会を務めるクイズ番組「パネルクイズ アタック25」(テレビ朝日系)の収録時のことでした。解答者の中に、出版関連の方がいらっしゃり、「最近、良かった本あります?」と聞いたところ、「この本がとても良かった!」と。

 さっそく手に取って読んでみて、驚きました。中学生といえば「揺れ動く」時期。精神の安定を得ていないし、肉体的にまだまだ変化する。理想は見えるけど、それを補完するだけの経験が積まれていない――。そんな時期を生きる著者の鈴木さんが、確かな視点を持ち、きっちり文章として世界観を紡ぎあげている。皆さんもきっとビックリしますよ。「中学生だから」というのではなく、一つの作品、作家として素晴らしい。「才能や創作に年齢は関係ない」って思います。

 主人公・田中花実ちゃんは小学6年生。母子家庭です。お母さんは豪快な人。貧乏だけど、毎日を笑って生きていて、とっても明るく、逞しい。

 まず、胸を打つのは、花実ちゃんが仲良しの友達たちと憧れの遊園地に行こうとする場面。当初、周りの子たちは気を遣って、お金のかかる遊園地に行くことを花実ちゃんに内緒にしています。それを知った花実ちゃんはどうするのか…その後の展開は、ぜひ皆さんに手に取って読んでほしいです。花実ちゃんは、自らの境遇を呪って母親にあたるでもなく、ちゃんと受け容れていきます。閉店間際のスーパーで買った、半額の、そのまた半額のブリの刺身を安くなってて良かったなと言い、母子でガツガツ食べる姿。圧巻で、爽快で、そして胸がいっぱいになります。

 ふと、僕自身の昔の頃のことを思い出しました。僕は1972年生まれ。「一億総中流」と言われながら、実はお金がない人がたくさんいた時代で、同級生にもそんな子がいたんです。ただ、どこか勢いがあって、「お金がなくたって、楽しく生きられるや」という、明るい空気感があった記憶があります。

 こんなことがありました。僕が同級生の家に遊びに行ったときのこと。6畳2間で、僕は思わず「ああ、この家、あまりお金がないんだな」と思いました。おやつの時間になって、彼が「谷原、おやつ食べようよ!」。と冷凍庫からカップ酒のコップを出してきたんです。コップの中身は凍っていて、彼は僕のために砂糖水を凍らせてくれていたのです。僕はとっさに、『美味しそう!』って言わなければと考え、彼の妹に、「美味しいね!」と言いました。そうしたら彼女は、「これね、砂糖を水に溶かして凍らせたんだ!」。彼も「美味しいだろ、毎日食べているんだ!」と。
 僕は「うちでもやってみるよ」と答えるのが精一杯でしたが、2人はずっと嬉しそうに笑っていました。凍らせてあるということは、前日から僕のために用意してくれたわけで——。自分に対し罪悪感を覚えました。

 平成の今も、貧困は同様昭和と同じようにいくらでもあります。ただ、昔より暗いイメージをなぜか僕は抱いてしまう。そこには閉塞感が漂い、子どもや家庭は、僕らの子供時代より暗くつらい状況にいる気がしてならないんです。そんななか、この物語の花実ちゃんとお母さんのような、貧困にあっても突き抜けて生きる姿を描き切った作品に出会えたことで、その時の罪悪感が少し楽になったように思いました。

 それから、表題作の短編「さよなら、田中さん」。主人公が花実ちゃんから、クラスメートの三上君に代わるんですね。彼は金銭的に裕福で、環境としては恵まれている。でも、彼と花実ちゃん、どっちが幸せだろうって思わせる展開になっていきます。三上君は「受験」という大きなハードルを前に、もがいています。

 僕も、ちょうど受験期の子どもを抱える父親です。子どもの人生、どうなってほしいのか、親がどうサポートすれば良いか。グチャグチャになる時がある。人生における数々のハードルを乗り越えるとき、「ベストを尽くしてほしい」とは思っても、その「ベスト」って、人によって違う。親の目線で三上君のことを読み進めた時、どこか自分の子供の姿とだぶりました。

 やがて三上君も、花実ちゃんも、環境の違いこそあれ、自分の身の丈のなかで境遇を受けとめ、きちんと前に進もうとしていく。そんな彼らの姿に心を打たれます。僕自身、僕が子どもに伝えたいこととは何か、改めて見つめ直すきっかけになりました。

 この本がお好きなお客様には、この1冊もどうぞ。『底ぬけビンボー暮らし』(松下竜一著、筑摩書房)。歌人・小説家の、貧困ながらもどこか明るい暮らしぶりが描かれています。

(構成・加賀直樹)