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#3 夢追う人々とすれ違う街 ニューヨーク

ニューヨークのタイムズスクエア。あちこちにミュージカルの看板がある

 これまで旅した中で好きな街はたくさんあるが、訪れる度に心が踊るのはダントツでニューヨークだ。

 それは多分、私が舞台を好きだということが大きい。中学・高校の部活で演劇をやっていたし、大学でもサークルでミュージカルをやっていた。出演と裏方との経験は半々ぐらいで、私の青春においてとても大切な思い出である。

 だから舞台を観ることは好きだ。学生の頃から小劇場には足繁く通っていたし、大人になってお金に余裕ができてからは商業演劇も好んで観ている。なんで観に来たのだろうと思うようなつまらない芝居もあれば、観た後に人生観を変えてしまうような感動的な芝居もあって、こればかりは観ないと分からないから、宝探しのような感覚でとにかく観る。

 そう、そんな感じで、これまでに3回ニューヨークに行ったことがあるが、プランは大抵決まっている。観光名所らしい観光名所を訪れるのではなく、ほとんど芝居を観る時間に充てているのだ。食事や宿にはさほどお金をかけず、とにかく見たい芝居を観るために滞在している。

 私の世界一周旅行の最後の滞在地もニューヨークだった。

 103st駅から歩いてすぐのホステルに泊まっていたので、劇場が多く立ち並ぶタイムズスクエア周辺まで、普通なら地下鉄で通うところなのだろうが、私は毎日歩いていた。セントラルパークを散歩したり、朝食が美味しいレストラン「Sarabeth’s」に立ち寄ったり、毎日ルートを変えながら飽きもせずタイムズスクエアへ通っていた。

 そして、「TKTS」というチケットボックスで当日券を安く買う。売り出される演目は毎日違っていて、券を買い求める人で長蛇の列ができる。若手の俳優たちが自分たちの出演作のチラシを配りながら、「おすすめはこれだよ!」「見所はこんなところだよ!」などと話しかけてくる。本当は見たい作品をピックアップして事前に観劇計画を立てるのがベストなのかもしれないが、その時々の気分で演目を決めるのもそれはそれで楽しかった。結局、5日間でマチネ・ソワレを合わせて5本の作品を観た。

 沖縄県出身でブロードウェイの舞台女優・高良結香。彼女の存在を知ったのは、ミュージカル「RENT」の来日公演(2009)だった。正直、欧米系のキャストに混じるアジア系というだけで目立っていたのだが、小柄ながらパワフルな歌声とダンスを披露していて、俳優としても目を引いた。その彼女の手記『ブロードウェイ 夢と戦いの日々』は、高良自身のサクセスストーリーとも読めるが、一人の俳優としての葛藤と挫折が生々しく書かれている。

 ニューヨークは街を歩いているだけですごく刺激的だ。人を見ているだけでも面白い。ダンスレッスンに関しては、テクニックもすごいのだが、何よりみんなのエネルギーが素晴らしい。自分を表現することというのはこうなのだということを、一人ずつみんなが持ってるように思えるのだ43ページ
アジア人の仕事は限られてる。ゲットするまでが大変だし、オーディションでは書類審査すら通らないことも多い。オーディションで私が三回転のターンを決めたとしても、振り付け師が見ているのは、私の隣で二回転でフラフラしている肌の色の違う人だったりする。私は、この部屋の中に存在しないくらいの感じに扱われることもある。82ページ

 ニューヨークという街への憧れが根底にありつつ、表現者として必死にもがく様子が伝わって来る。まるで、オーディションの様子や俳優の葛藤を描いたミュージカル、「コーラスライン」の世界そのものだ(ちなみに高良は実際に「コーラスライン」に出演経験がある)。華やかで自由な雰囲気が漂っている街の裏では、血の滲むような努力をしている人がいることを知る。

 私の友人や先輩・後輩にも演劇の道を選んだ人が数多くいる。努力を重ねて、俳優として開花した人もいれば、なかなか芽が出ずにその道を諦めた人もいる。そんな姿がどこか重なるのだと思う。ニューヨークというこの地で、夢みる人たちの気持ちがなんとなく分かる。タイムズスクエアに通ったあの旅の中で、きっと昔の高良のような俳優の卵たちともすれ違ったはずだ。TKTSでチラシを配っていたあの若い俳優たちの中にもいずれスターになる人も出てくるだろう。

 夢に向かって全力で頑張る人たちの存在が、ニューヨークという街を活気づけているのかもしれない。