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待機児童 保育への投資はハイリターン

国会議事堂前での抗議行動

 「保育園落ちた日本死ね!!!」と題したブログが2月、話題を集め、国会にも母親の声が届けられた。だが、乳幼児を抱える親には、待機児童解消を訴えるための時間的・精神的な余裕はない。ここから議論を前進させるには、当事者以外の人の行動が重要になる。
 投稿されたブログも、国会に届けた人がいたからこそ力になった。保育園に落ちた孫のために、市長宛てに異議申立書を送った女性もいたが、そうしたまわりの行動も今後を左右する。

量だけでいいか

 しかし、なぜ小学校に入れない子どもはいないのに、保育所に入れない子どもがいるのか、制度や現場の実態などは、一般の人にはまだ十分に知られていない。
 『「子育て」という政治 少子化なのになぜ待機児童が生まれるのか?』は、こうした素朴な疑問から丁寧に説明してくれる。幼稚園と保育所の違いといった基本的な制度の解説から、保育事故、子どもを保育園に入れるための「保活」、保育士不足といった現場の実態が具体的な事例とともに論じられ、日本の保育の全体像をつかむことができる。
 保育の質に関する面積基準緩和の実証実験では、子ども1人あたりの面積が狭くなるにつれて赤ちゃんが泣き始め、保育士に余裕がなくなっていったという。先月、政府は待機児童解消に向けた緊急的対応として、基準緩和による受け入れを自治体に要請したが、子どもの側から眺めれば、保育所に入れたとしても単純に喜べない状況がある。本書で示される保育所での死亡事故や保育者による虐待の事例には、本当に心が痛む。住宅街では保育園建設反対運動が起こるため、騒音や振動のある高架下の保育園も増えている。
 財政的な観点から、今は質の改善より量を増やすことに議論を集中すべきだとの見方については、保育への投資はリターンが大きいという議論を紹介する『幼児教育の経済学』も参考になる。所得や労働生産性の向上、生活保護費の低減などで測った就学前教育の社会全体の投資収益率は、15~17%と通常の公共投資ではありえないほど高いのだという。

将来ビジョンを

 教育政策において、これまで幼児期は重要視されてこなかったが、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマン教授の「就学後の教育の効率性を決めるのは、就学前の教育にある」との研究結果は、各国の保育政策の充実に大きな影響を及ぼしている。海外では保育への公的補助を増やし、親の就労の有無に関わらず、すべての子どもに質の高い保育を保障する方向にかじを切る国が増えているのだ。
 日本でも子どもの権利や公的投資の正当性をふまえた保育の将来ビジョンが必要だ。『認定こども園がわかる本』では、イギリスの先進的な取り組みに感銘を受け、全ての子どもを対象に質の高い教育保障を目指す認定こども園の事例が詳細に描かれている。子どもにとって、保育者にとって、親にとって、地域にとって、園はどうあるべきか、丁寧な検討と実践があり、投資すべき保育の姿が見えてくる。
 単に親が働けるように預け先を増やすだけの待機児童対策では、園を増やしたり、保育士の賃金を上げたりするための財源の確保に合意は得にくい。
 これからは、多様な人が様々なかたちで園とかかわり、かかわることで元気になり、地域全体が活性化するような保育のかたちを目指すべきだ。本書の表紙のように、青空と緑のもとで友達と遊ぶ楽しい時間を、すべての子どもに保障することを急がねばならない。待機児童問題はほんの入り口の議論にすぎない。=朝日新聞2016年4月24日掲載