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「トランプが立つ世界」を本で知る リベラルな多文化主義の敗北

「私たちはみな移民だ」とトランプ氏の大統領令に抗議する人々=2017年1月、ワシントン

 アメリカでは大統領選の直前に、子供たちによる模擬投票が行われる。この模擬投票は本番の選挙の結果を高い精度で予言することで知られている。ところが今回は外れた。
 子供の投票と大統領選が一致するのは、子供が親の会話を聞き、その価値観を学習するからだ、と言われている。ではなぜ今回は外れたのか。トランプの支持者が、子の前でその意思を語らず逆に、クリントン支持を偽装したからだ。なぜだろう。
 トランプ大統領が船出したこの瞬間、われわれは歴史の転換点にいる。が、それはどんな転換なのか。
 まずトランプが何者かを知らねばなるまい。マイケル・ダントニオによる評伝『熱狂の王 ドナルド・トランプ』やワシントン・ポスト取材班の『トランプ』(野中香方子ほか訳、文芸春秋・2268円)が、この必要に応えてくれる。しかしかえって疑問は深まる。トランプは露骨に人種を差別し、自己顕示のために平然と噓(うそ)をつく等々。これらの欠陥は、トランプにマイナスには響かず、逆に彼の支持率を上げた。どうして?

対立かみあわず

 かみあわなかった対立に留意すべきだ。クリントン支持のリベラルは常に正しいことを主張していた。しかし肝心なツボを外していると感じられた。逆にトランプの主張の大半は道徳的に不当なのに、確実にツボに触れているという印象を与えた。
 ツボとは何か。金成隆一の「ラストベルト」の取材の記録『ルポ トランプ王国』(岩波新書・929円)が、それは「階級闘争」だと示唆する。トランプ支持者の中心には、所得が伸びない白人中産階級(の労働者)がいる。
 だが、マイノリティーや貧困層の支援に重点をおくリベラルな民主党が、労働者からの支持を得られなかったのはどうしてなのか。思うに、格差への効果的な対策もなしに、ただ貧困層の困難に「理解を示す」という態度がよくなかったのだ。それは上から目線の傲慢(ごうまん)さであり、言葉と裏腹に自分たちの階級的な優越性を表現している。
 トランプは逆に、リベラルの道徳的優越性の根拠となる「政治的公正性」を次々と蹂躙(じゅうりん)することで、リベラル側の欺瞞(ぎまん)を突いたことになる。既成勢力の特権に不満をもつ労働者は、そこに自分の味方を見たのだ。
 もちろんトランプ陣営にも問題がある。労働者階級を応援するために、我ながらいかがわしい(子供の前で口にできない)と感じる、正当性を欠いた主張と対策しかないのだから。トランプは、階級格差からくる欲求不満を、「外敵」(移民や外国)に転嫁しているだけだ。

世界観に亀裂も

 つまりツボを外した者とツボをずらして表現している者が対立している。この対立の究極の原因を探ろうとすれば、ヨーロッパとアメリカの間の亀裂を見いだすことになる。ここでいう「ヨーロッパ」は地政学的なブロックではなく、一つの世界観である。ヨーロッパ的なものの延長線上にリベラルな多文化主義がある。大統領選の教訓は、その敗北である。
 そんなヨーロッパとアメリカの間の亀裂を2002年の『帝国以後』で早くも指摘していたのがE・トッド。昨年彼は、高等教育を受けていない中年白人の死亡率だけが近年上昇している事実に着眼し、大統領選が、この層をストレスで疲弊させる深刻な格差ゆえの階級闘争の様相を呈していたことをも正確に見抜いていた。
 また、ヨーロッパ/アメリカの差異の歴史的起源に遡(さかのぼ)ったのが森本あんりの『反知性主義』だ。キリスト教がアメリカに移植されたことで被った変質が論じられる。われわれはこの変質の最終産物を目撃している。=朝日新聞2017年3月12日掲載