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著作権法改正 死後70年に保護延長の動き

(左)高見順 (中央)江戸川乱歩 (右)谷崎潤一郎

 著作権の保護期間が作者の死後50年から70年に延長されるかもしれない。臨時国会で審議中のTPP(環太平洋経済連携協定)関連法案に著作権法改正が盛り込まれているからだ。延長されれば作家の孫やひ孫ら著作権者が印税をもらう期間が長くなる。では損をするのは誰か。
 ネット上の電子図書館「青空文庫」では、著作権が消滅した作家の作品を無料で読める。2021年には三島由紀夫も没後50年をすぎ公開対象となる。だが保護期間が延長になると公開は41年以降に。つまり、我々読者の自由は確実に狭められる。
 『「ネットの自由」著作権』によると、世界最古の著作権法という英国のアン女王法が誕生した18世紀、保護期間は作品公表後14年だった。その後、延長が繰り返され、1990年代にEU諸国と米国は死後70年になった。米国での延長の原動力は、「ディズニーをはじめとするハリウッド映画産業と音楽産業のロビイング」だった。

ルールの米国化

 同書で福井健策氏はこう主張する。TPPによって日本は「ルールのアメリカ化」を強いられている、と。特許・著作権使用料だけで年間9・6兆円の外貨を稼ぐ米国は、これまでも日本に延長を求めてきた。保護期間は作品を利用する国のルールが適用されるため、日本では米国のコンテンツも死後50年しか保護されず、米国からすると20年分の著作権料を取りはぐれていることになるからだ。保護期間を延長すれば、米国はより稼ぐことになる。福井氏によると、日本は米国と逆に、コンテンツの国際収支は5700億円の赤字という。
 保護期間の延長は、新たな作品を生み出す「文化の泉」を枯らす恐れもある。延長されれば三島の作品を原作にした映画や演劇の制作が原則自由になる期日も、20年先送りされる。

制限される自由

 作品を簡単にコピーできるデジタル時代の今だからこそ、著作権法により海賊版を禁止し、作家の収入や人格的利益を守ることは重要だ。法が1条に掲げる「文化の発展」という目的のためにも、作者の創作意欲を保つ必要がある。
 だが、山田奨治氏が『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』で指摘するように、利用者の「自由」は制限され、権利者の「保護」が過剰に重視される方向に傾いてきた。
 例えば、著作権侵害をした人への罰則だ。「3年以下の懲役または30万円以下の罰金」から「10年以下の懲役もしくは千万円以下の罰金(あるいは併科)」へと強化された。
 さらに、TPP関連法案には著作権者の告訴がなくても、検察の判断で容疑者を裁判にかけられるようにする「非親告罪化」も盛り込まれている。山田氏によると、すでに非親告罪化した韓国では著作権侵害を警察が独自に立件した例が2013年に約2万5千件にも上った。
 そもそも絵画や音楽といった著作物は公共財の側面を持つ。家の壁に美しい画を描いたら、本人も他人も楽しめるし、他人が見るのを拒むのは難しい。『REMIX』でL・レッシグ氏はこれを「正の外部性」といった。インターネットに至っては、人から人へと著作物を自由に伝達することが「天性」だ。利用する側の便利さや自由も確保しなければ、文化全体がやせ細ってしまう。
 だが、コンテンツ産業と著作権団体は、著作物を厳しく囲い込もうとしてきた。その動きは透明性に欠け、民主的でなかったことが、山田氏と福井氏の本から分かる。「文化を守れ!」という大合唱は文化審議会と文化庁などの官僚と国会議員を動かし、利用する側の自由を狭めてきた。それで文化は本当に守られたのか。私たちの問題として考え続けたい。=朝日新聞2016年10月2日掲載