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サッカー小説? いえ人生の話

ディス・イズ・ザ・デイ 著者:津村記久子 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説・文学

価格:1836円
ISBN: 9784022515483
発売⽇: 2018/06/07
サイズ: 四六判/360ページ

「こういう話をしてるとさ、どんな気持ちでも生きていけるんじゃないかって思うよね」。サッカー22チームの22人のファンたちは、それぞれの思いを抱いて2部リーグ最後の試合の「…

評者:野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月04日

ディス・イズ・ザ・デイ [著]津村記久子

 ほら、そこのひねちゃった人。え、誰? あ、私のことか。そう、君だよ、ひねちゃってるけどさ、素直になるって、実はすごく気持ちがいい、でも、手放しの素直さって、なんか嫌だなとも、思ってる。
 君なんかが素直になるには、よくできた仕掛けが必要なんだ、はい、これ。なに、この本? 素直になれる小説、不思議なくらいにね、その最大の仕掛けは、これがサッカーの観戦をめぐる十一篇の連作だということにある。ふーん、でもサッカー興味ないよ。だいじょうぶ、サッカー小説じゃなくて、日本各地の、そこそこかそれ以下の弱小チームを応援する人たちが織りなす人生のひとコマだから。じゃあ、有名なチームとかは出てこないわけね。うん、なんかとてもリアルにいそうだけど全部フィクションで、どんなチームかっていうと、さんざん点を取られた後に、ああこのまま負げっぺかとへだってる時にいきなり点が入るというあの感覚が忘れられね、というレベル。なにそれ、あんたどこの人よ。いや、あはは、これ遠野ね、つい感情移入しちゃって。
 とにかくさ、いろいろあるじゃない、しっくりこない、うまくいかない、上司が嫌な奴だとか、好きな人に話しかけられないとか、そんなもつれたものを抱えた人たちが、自分たちのことはさておき弱小チームに一喜一憂する。
 確かに、スポーツにはそんなうっとうしい夾雑物を削ぎ落としてくれる力があるよね。そう、彼らの実生活とサッカーというゲームが?み合わされて、ゲームの世界から戻ってきたときに、こわばっていたものがほどけて、わだかまっていた息をふーっと吐いて、顔をあげて前を見る、そのまなざしを、読んでいるこっちも共有できるような気持ちになるんだ。つまり、素直になれるってこと? そう、じわーっと、なんだこれってぐらい素直な気持ちになれる、きっと、ひねちゃった君でもね。
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 つむら・きくこ 1978年生まれ。作家。「ポトスライムの舟」で芥川賞。著書に『この世にたやすい仕事はない』など。