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裏社会でどう生きるか マフィア一族に生まれ、ヤクザ世界で生きた男の自伝「破界」

文:大嶋辰男、写真:有村蓮

――『破界 山口組系組員になったゴッドファーザー末裔の数奇な運命』(徳間書店)はタイトル通り、あなたの数奇な半生を赤裸々に明かした本です。なぜ、書こうと思ったのですか。

 「裏社会」で生きてきた人間が表に出るメリットはありません。過去やいきさつがありますから。実際、本を出してから、様々な人間が私のレストランに現れました。本を書いたのはたまたま縁があって、出版社から声をかけられたからです。どこで私の話を聞いたのかわかりませんが、「あなたの人生をまとめてみませんか?」といわれてね。私は裏社会から身を引いてから、ずっと自分が歩んできた人生について考え続けています。本を書くことで過去を整理できたら、と思ったのがオファーを受けた理由です。でも、本を書いて良かったのかどうか、いまも答えは出ていません。

――なぜ裏社会の道を歩むようになったのですか?

 自分のことを特別な人間だと思ったこともありません。あなたと同じですよ。私の母がマフィアのファミリーに連なる人間でした。あなたがカタギの家に生まれて、カタギの世界で生きてきたように、私はマフィアの血を引く一族に生まれたのです。裏社会で生きていくことは自然なことでした。いいとか悪いとかの問題では語れないし、そこには自分の意志もありません。

――最初の仕事はマフィアの手伝いだったそうですね。

 9歳の時でした。当時、私は父の仕事の関係でニューヨークに住んでいました。ニューヨークには母方の祖父や叔父ら「ファミリー」がいて、建設業や不動産業、飲食店など幅広くビジネスをしていました。祖父は地元の顔役でトラブルの処理や仕事の仲介もしていました。そんなある日、ファミリーに関わるマフィアの人間から、このかばんをある場所に持っていってくれないか、と頼まれたのです。後で知ったのですが、かばんの中身はカネでした。かばんを運ぶとお小遣いがもらえました。いまだからわかりますが、子供に「運び屋」をやらせるのは警察のマークを逃れるためでもあったのです。10歳になると、仲間とつるんで、駐車中の車からパーツを盗んで売り飛ばして稼ぐようになりました。その世界での才能をファミリーのメンバーからも認められて、彼らに囲まれる日々を送りました。

――23歳の時、来日しました。

 それまで私はギリシャ、イタリア、米国、コロンビア、パキスタン……といろいろな国で生きてきました。日本に来る前は父とフィリピンで暮らしていました。当時のフィリピンは貧しくて、外貨を稼ぎに多くの人々が海外に働きに行っていました。父は彼らを海外に送り出す人材派遣の仕事をしていました。一方で、マルコス政権に食い込んで、マルコス大統領一族の資産を海外に移す手伝いもしていて、大金を稼いで優雅な暮らしをしていました。私は大学に通うかたわら、拳銃の密売を手がけていました。ところが、1986年にフィリピンで革命が起こり、マルコス政権が崩壊すると、私たち親子も一転して、命を狙われるようになったのです。父は日本のヤクザともコネクションがあり、彼らが「日本に来たら?安全だよ」とすすめてくれたので、脱出することにしたのです。最初に住んだのは兵庫県の芦屋です。

――その日本であなたはヤクザになります。最初は西海家総連合会系の組員になりました。

 日本に来ても言葉はわからないし、知っている人もいませんでした。上京してぶらぶらしているときに、「会長」と呼ばれる人物と知り合いました。銀座のイタリアンレストランで食事をしているときに、別の席で食事をしていた会長から「どちらから来られたのですか?」と声をかけられたのがきっかけです。それから、会長の手伝いをするようになったのです。毎日、企業を回って集金し、集金したお金を会長に渡しました。支払いの名目はわかりませんが、その頃は企業も裏社会と関係を持っているところが少なくなかったのです。会長は右翼の大物でしたが、西海家総連合会系の組長でもあったので、組織に入ることは自然の成り行きでした。ずいぶんかわいがってくれてあちこち連れて行ってくれました。政財界の大物といわれる人物にもけっこう会いましたよ。

――次に日本最大のヤクザ組織・五代目山口組系の組員になります。

 当時、私はブランドものの洋服や宝石の輸入販売をてがけていました。ファッションや宝石の販売・流通の一部はマフィアが握っており、そこから仕入れる必要がありました。でも、どんなジャンルでもそうですが、ビジネスや人間関係のトラブルは付きものです。そういうときにいろいろ助けてくれる山口組系の組織の人間がいて、盃を受けたのです。これも私にとっては自然な流れでした。組員になった効果ですか?もちろん、ありましたよ。山口組の代紋は絶大でしたから。組織に入るとすぐに「雑音」は消えました。

――本に書いてありますが、知人のヤクザの組長は、あなたがヤクザになったことを聞いて泣いたそうですね。

 親しくおつきあいしていただいた山口組系組長のヒロシさんのことですね。そうです。ヒロシさんはがんで入院中でしたが、「お前バカだね。ヤクザなんかになったのか……」「俺は長年ヤクザをやったけど、いいことは一つもなかった……」、そういって怒りで体を震わせて泣きました。裏社会で生きていくことは厳しい。仕事でのトラブルや失敗は即、生命に関わってくる問題になります。だから、細心の注意を払わないといけない。緊張感もプレッシャーもハンパではありません。私が知っているヤクザのトップで、お酒を飲んでいる人は一人もいませんでした。

――あなた自身も襲われたことがあるそうですね。

 いくら細心の注意を払っていても、どう思われるかは相手の問題ですから。思わぬことから恨みを買うこともあります。私も2回、刺されました。もちろん、被害届を警察に出したりしませんよ。事件になれば、面倒なことになります。日本の警察は優秀ですからね。医師には「店で仕込みをしているときに、誤って包丁を落とした」と言ってごまかしました。

――日本の警察はそんなに優秀ですか?

 そうです、優秀ですよ。捜査能力も高いし、物腰もスマートです。世界でトップクラスだと思います。私は米国やフィリピンにもいましたが、彼らのやり方は荒っぽい。いきなり拳銃を突きつけて、「動くな!」ですから。動けばもちろん撃たれます。米国は人種差別が強い国ですから、いやがらせもひどかった。やっていないことでも、証拠がなくても、彼らの一存で身柄を拘束されます。幸い私は一度も日本の警察に逮捕されたことはありませんが、一時期、ある案件に絡んで警察からマークされていたこともあったようです。後からそう聞いて、ぞっとしました。

――裏社会で生きるあなたの目に、表の社会はどのように映りましたか?

 これは私のような人間が口にすべきことではないかもしれませんが、一言で言うと汚い。裏社会のように組織の統制もありませんから、ある意味、めちゃくちゃ、自分の欲やお金のために何でもやるという感じですね。企業の経営者や政治家、弁護士、医師……特に社会のトップ層やエリートにずるくて汚い人が多かった印象を持っています。

――というと?

 社会のトップ層やエリートたちは、実に巧妙に合法的に人をだましたり、裏切ったりしますからね。そもそも、裏社会で人を裏切ったり、だましたりするのはそれなりの覚悟が必要です。へたしたら殺されますから。でもカタギの世界では、人を裏切っても命まで取られることはないでしょう。だから平気で汚いことをするのです。裏社会は「暴力」の形が見えやすいだけ。表の社会でも、見えないだけで「暴力」はあふれているのです。とはいえ、私は裏社会を肯定したり正当化したりするつもりはありませんから誤解しないでください。私が見た世の中の現実とはそういうものだったということです。

――なぜ、裏社会はなくならないのでしょう?

 仕事があるからです。この世の中を動かしているのは法律でもルールでも正義でもない。「もっとカネが欲しい」「権力や地位が欲しい」という人間の果てしない欲望です。日本の社会でも「自分の利益のためなら人のことはどうでもいい」と考える傾向は強くなっているように思います。裏社会のビジネスは、こうした表社会からのニーズから成り立っているのです。よく言われることですが、世の中にはお金を借りて返さない人がいます。彼らの多くは、はじめからお金を返すつもりがない確信犯です。餌食になるのはそんな彼らを信じて、事業や生活に必要な大切なお金を貸した人たち。時間も費用もかけて裁判で争っても、取り返すことは難しいでしょう。その間にお金を貸した人間の生活や人生が破綻(はたん)するかもしれません。どんな手段を使ってもいい、貸してしまった100万円のうち半分でも取り返せたら……と思ったとしても理解できなくありません。

――暴対法(暴力団対策法)、暴排条例(暴力団排除条例)によって取り締まりも厳しくなっていると聞きます。

 暴対法や暴排条例による取り締まりもそれなりの効果はあるでしょうが、「悪いやつらはいなくなれ」というだけで、裏社会の人間がいなくなることはありません。シチリアのマフィアの歴史を調べてみてください。シチリアの歴史は他民族の支配と圧政の連続でした。搾取や貧困の中で、暴力はそれらに対抗し生きていくために必要な手段だったのです。

 つまり、私が言いたいのは、裏社会が存在するのは社会が生み出している側面もあるということです。人は聖人君子でばかりはありません。生きていくのが困難な状況に追い詰められた人たちの中には、「悪」に手を染める人も出てくるのです。貧困、差別、格差、家庭の崩壊……日本でもいま、いろいろな問題が起きていますが、こうした社会の問題の中から裏社会の担い手は生まれてくるのです。最近は暴対法の適用対象にならない、組織に属さない人間たちがトラブルや面倒を起こすケースが増えていると聞いています。私には誇るべき人生もありませんが、もし、裏社会で生きてきた私の経験を語ることで、困っている若い人たちが悪の道に入ることを踏みとどまるために役立てるのであれば協力は惜しみません。

――話を戻しましょう。裏社会で生きてきたあなたは最後、家族に裏切られて、財産をだましとられてしまいます。

 信頼していた身内に裏切られることはとてもつらいことでした。結果的に、父とも姉とも弟ともバラバラになり、私の家族は崩壊してしまいました。どんなに信用や忠誠を重んじ、結束を誇っていても、裏社会で生きる人間もまた利害打算で動く人間なのです。大金を動かしているうちに、欲でおかしくなることはありますし、人を裏切ることもあります。この世界では、どんなに羽振り良く暮らしていても、最後はカネを失い、人も去り、女にも逃げられ、孤独に死んでいく人間が少なくありません。

――いまの生活はどうでしょう。あなたはヤクザをやめて、一介のレストラン経営者です。平穏に暮らしているのでしょうか?

 本にも書きましたが、私のこれまでの人生は「喪失の歴史」でした。家族も財産もなにもかも失いました。残ったものはありませんし、もうなにも欲しいと思いません。友だちも欲しくないし、誰とも会いたくない。いま、私を悩ませているのは私の過去です。ふりかえると、いろいろなことが頭の中をフラッシュバックして来るのです。私が人生を間違えて生きてきたことはわかっていますが、どこで自分が道を誤ったのか、どうしたらよかったのか、これからどうしていくべきなのか……なにもかもいまは答えられない。過去と向き合う作業はほんとうにつらく、眠れない夜もままあります。

――そういう時はなにをするのですか?

 夜中にドライブして海に行ったりして気を紛らわせています。

――気を紛らわせる?

 そう。いまの私にできる唯一のことです……。

「好書好日」掲載記事から

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