1. HOME
  2. コラム
  3. ひもとく
  4. 日本の歩み150年 切り拓いた人たち:中 国語の誕生とアジアへの流動

日本の歩み150年 切り拓いた人たち:中 国語の誕生とアジアへの流動

 国の形が定まっていく時代に生きた人たちは何を考えたのか。自伝や評伝を手がかりに、京都大名誉教授の山室信一さん、学者芸人のサンキュータツオさん、作家の桜庭一樹さんが語り合う。前週に続き2回目。

>「演説と演芸のメディアミックス」を語る「上」はこちら

>「自己表現する生活文化の革命者」を語る「下」はこちら

 タツオ 福沢諭吉が言うように、江戸時代は、職業や身分で言葉遣いが違いました(「上」参照)。しかし、近代国家になろうとする日本にとって、言葉の統一は急務でした。

 山室 国民国家としての一体性を示すために「国語」が必要でした。何よりも、軍隊では同じ言葉で動かなければ作戦行動はできません。

 タツオ 重要になるのが辞典です。近代日本初の国語辞典とされる『言海』をほぼ独力で約16年かけて作り上げたのが大槻文彦(1847~1928)です。文部官僚として国の命で着手しましたが、国の方針転換で自費出版し、1891年に完成。大槻の評価は後世揺れ動きますが、高田宏の『言葉の海へ』は評伝の決定版とされています。

 桜庭 言葉の統一は興味深いです。共同体によって言語が異なった時代、小説家の仕事にも辞書が必須だったんですね。

大槻 50音順の辞書

 タツオ 『言海』が画期的だったのは、「あいうえお順」で整理したこと。これが最初ではないのですが浸透していなかった。大槻は祖父が蘭学者、父が儒学者、兄は和漢洋の学問に通じた文学者です。国学の文脈でないことがポイント。言葉を音で整理することができた。

 山室 大槻は宮城県尋常中学校(現仙台一高)の校長になり、校歌を作る。歌詞に「御国(みくに)の為(ため)につくすべし」とありますが、卒業生の憲法学者樋口陽一さんたちは、この「御国」を「機構としての国家」というよりも、郷土や「国民の共有物としての国家」を意味すると受け取られてきたようです。同窓生の作家井上ひさしの『吉里吉里人』や『國語元年』にも、こうした意識が窺(うかが)われます。大槻の国家観は現在も息づいている。

 タツオ 『言海』には、語法指南という英文法的な考え方で日本語を整理した文法書が入っていて、教育の現場でも評判が良かった。これにより言葉を定義するだけではなく、教育することも容易になった。空間的な広がりを見せる国家にとっても大きな功績があった。

サンキュータツオさん、桜庭一樹さん、山室信一さん=東京・築地の朝日新聞東京本社、相場郁朗撮影

滔天 人類の理想へ

 山室 空間軸でいえば、この150年、日本という国家は日本列島だけではない。台湾を領有し、韓国併合、満洲国形成など日本人は様々な形でアジア各地で活動してきました。日本列島の中でも、奥羽越列藩同盟にとって戊辰戦争以後は屈辱の歴史ですし、琉球王国が琉球藩になり沖縄県になる時代でした。
 アジアと日本を考える上で、宮崎滔天(とうてん)(1871~1922)の『三十三年の夢』(1902)は重要です。孫文の革命を支援していく中途で挫折した懺悔(ざんげ)録ですが、理想を追い求めることを止められても屈せず、こう書きます。「余おもえらく、理想は実行すべきものなり、実行すべからざるものは夢想なりと、余は人類同胞の義を信ぜり、故に弱肉強食の現状を忌(い)めり、余は世界一家の説を奉ぜり」。まさにコスモポリタン。実際、朝鮮の金玉均やフィリピンの革命家とも交わり、シャム(タイ)で植民を試みるなど、活動はアジアに広がった。兄の民蔵も土地の平等所有を「人類の大権」として、欧米や東アジアで訴えます。

 タツオ 戦前の人たちは狭い空間に生きていた、とイメージしがちですが、もっと広くて、流動的だったんですね。

 桜庭 明治がもたらしたものについて、女性という視点から作家吉屋信子(1896~1973)の『自伝的女流文壇史』(1962)を挙げます。今や日本文化のイコンの一つである「少女」は、近代化によって生まれたものです。それまで子どもから結婚で急に大人になっていたのが、明治に女学校ができ、「中間地点」ができた。吉屋さんはこの期間を経験しメディア化した初期の人です。

吉屋 新しい女性像

 山室 女学校で「良妻賢母になる前に、一人のよい人間とならなければ困る」という新渡戸稲造の講話に感動した。良妻賢母の是非についての議論は、東アジアでも活発化します。

 桜庭 それで文学を志します。20歳のときのデビュー作が『花物語』。彼女の代表作で、少女という「新しい生き物」の世界を描いた。新しい女性の生き方が明治から始まり、その一つのエポックになるのが、この世界の誕生だろう、と。
 自活する女性の先駆けでもあります。『良人の貞操』もブームになった。今見ると普通のタイトルだけれども、当時は「貞操」とは女性に対する言葉だったので、世間は驚きました。

 タツオ 発想がめっちゃくちゃおもしろいですよね。

 桜庭 女性の同性愛についても『屋根裏の二処女』で書いています。当時は驚かれ偏見を持たれたはず。多様性を重んじる現代に繫(つな)がる大切な人だと思います。(「下」は8月25日掲載予定)(構成・滝沢文那)=朝日新聞2018年8月18日掲載