水原涼さん(28)の1冊目となる作品集『蹴爪(ボラン)』(講談社)は血と汗に満ちている。2011年に文学界新人賞を受けたデビュー作「甘露」が芥川賞候補に。それから第2作発表まで4年。足踏みの時間をへて、文芸各誌で次々と新作を発表する、いま注目の新鋭だ。
表題作は東南アジアの島で暮らす11歳の少年ベニグノが主人公。闘鶏場の胴元で、昼は酒を飲み子どもと遊ぶだけの父親が「半人半馬の悪魔(ティクバラン)」から村を守る祠(ほこら)作りの責任者になった。
東南アジアではなく、石垣島で見た風景がきっかけ。「森の中の空き地が光に照らされているシーンを書きたかった」。兄弟と父が村はずれの空き地で跳び遊ぶ場面は、葉のかけらや、長髪の父のフケやほこりが飛び散って、なぜかキラキラと輝き、それが美しい。闘鶏や島の風景は、ユーチューブなどを見て描いたそうだ。
主人公は、同い年の少女と闘鶏をこっそり見に行く。少女が可愛がっていたエクエクが闘鶏に出されるのだ。2人がのぞき見るシーンの描写は大量の血が流れ、残酷だ。16歳の兄が主人公にふるう、不条理な暴力。墓地で暮らす浮浪者を襲う何者か。さらに村全体を大きな暴力が襲う。幾重にも暴力が描かれる。
「暴力は嫌なもの。誰も好んでいないのに、なぜこれほどありふれているのか。気になって書きながら考えています」。デビュー作にも心の内に迫る暴力があった。「『蹴爪』を書いて、暴力とはいったい何か、が僕の中心的なモチーフになっているという意識が強くなりました」(中村真理子)=朝日新聞2018年9月12日掲載
編集部一押し!
- オーサー・ビジット 教室編 今を輝こう しなやかに力をつけてね 教育評論家・尾木直樹さん@高岡市立横田小学校 中津海麻子
-
- 杉江松恋「日出る処のニューヒット」 加速する冤罪ミステリー「兎は薄氷に駆ける」 親子二代にわたる悲劇、貴志祐介の読ませる技巧に驚く(第12回) 杉江松恋
-
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社
- インタビュー 「エドワード・サイード ある批評家の残響」中井亜佐子さんインタビュー 研究・批評通じパレスチナを発信した生涯 篠原諄也
- インタビュー きょうだいユーモア絵本「ぼくの兄ちゃん」が復刊! よしながこうたくさんインタビュー 子どもはいつもサバイバル 大和田佳世
- BLことはじめ BL担当書店員の気になる一冊【2024年1月〜3月の近刊&新刊より】 井上將利
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社