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新しい感性、後味悪く妙に明るい

辻山良雄が薦める文庫この新刊!

  1. 『コンビニ人間』 村田沙耶香著 文春文庫 626円
  2. 『工場』 小山田浩子著 新潮文庫 594円
  3. 『方丈記』 鴨長明著 蜂飼耳訳 光文社古典新訳文庫 691円

 誰かを好きになったり余暇を楽しんだりといった「人間らしさ」は、人間にとって必要なものだろうか。

 (1)の主人公古倉恵子は、コンビニの決められたマニュアルに沿って仕事をしているときが、一番生き生きとしているように見える(彼女は「人間らしさ」を求められると、かえってどのようにふるまってよいのかわからなくなる)。それは時代が生んだ新しい感性かもしれないし、その感性は前から存在し、それを表すことばがようやく出てきたということかもしれない。「人間とは何か」という問いを、現代の身近な場所から揺さぶる、後味の悪さも奇妙な明るさも心に残す忘れがたい一冊。

 後味が悪いといえば、(2)も何ともいえないざらりとした読後感を残していく小説だ。舞台となる「工場」は、そのなかに住宅やスーパー、ボウリング場などを兼ね備え、固有の生物種さえ存在する、さながらひとつの町といえそうな場所である。そこに雇われた3人の語りを通し、物語は進んでいく。「工場」で働く人たちは、何のためだかわからない労働を、日々黙々と行っている(黙々とというのは、著者の緻密(ちみつ)な筆致によるところが大きそうだ)。「工場」は人間の「生」を食べながら、独自に拡張を続ける生きもののようでもある。自らのよって立つ社会の全体像が見通せない、漠とした不安が描かれる、秀逸な作品。
 この夏は全国各地で災害が相次いだ、忘れがたい年になった。

 有名な古典の(3)は、鴨長明が平安末期に体験した災厄(大火、竜巻、遷都、飢饉〈ききん〉、大地震……)が次々と描かれた、「災害文学」ともいえる随筆でもあった。『方丈記』は現在多くの現代語訳で出版されているが、この新訳は、古典を読むストレスを感じさせず、選び抜かれたであろう〈平易な〉ことばだけを使ってつづられている。それによりはるか遠い時代の人物であった鴨長明が、私たちと同じ悩みを抱えた個人として、目のまえに立ちあがってくる。作家の持つ現代性を踏まえて古典をよみがえらせた、大きな仕事だ(書店「Title」店主=朝日新聞2018年9月22日掲載