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世界最速目指す『バリバリ伝説』の主人公に自分を投影 スピードスケート・清水宏保さん

文:熊坂麻美、写真:下田直樹

バイクとスケートはよく似ている

――『バリバリ伝説』の連載が「週刊少年マガジン」で始まったのが1983年です。清水さんは当初から読んでいたのですか? 

 よく読んでいたのは中学、高校の頃なので、その少し後ですね。たぶん姉が先に読んでいて、実家に単行本があったので、それで。僕は親に内緒でポケバイを乗りに行くくらいバイクが好きだったので、このマンガも読み始めてすぐハマりました。

 主人公たちがスピードを追求する疾走感だったりマシンコントロールの描写だったりがリアルだし、なんといってもこの作者が描く車両がカッコいい。『頭文字(イニシャル)D』『MFゴースト』(同じ作者であるしげの秀一さんの自動車レースの漫画)も読んでますけど、テーマがバイクでも車でも、細部までリアリティがあるのが魅力ですね。

――主人公のグンは「誰よりも速く走りたい」一心でレースに挑みます。そういう姿は、現役時代、最速を目指してきた清水さんも共感できる部分なのかなと。

 そこはやっぱりありますね。バイクとスケートって、よく似ているんですよ。グンがスピードを追い求めて記録と向き合うところや、コーナーをぎりぎりで攻める感覚、「孤高の戦い」ならではのプレッシャー、そういうことはすべて、自分がスケートをしているときの感覚とリンクしていました。

 峠の走り屋だったグンは、筑波のサーキットでレースのおもしろさに目覚めて、悔しい思いも経験しながら日本チャンピオンになって世界に羽ばたいていきます。その道すじを追ううちに、自分もそういうスケート人生を歩んでいけたらいいなと思ったし、世界の舞台を意識するきっかけにもなりましたね。

『バリバリ伝説』文庫版3巻、P332-333 ©しげの秀一/講談社
『バリバリ伝説』文庫版3巻、P332-333 ©しげの秀一/講談社

――聖秀吉やラルフ・アンダーソンなど、ライバルたちとの戦いも印象的でした。

 いろんな名勝負があって、これがけっこう泣けるんですよね。ひとつ挙げるなら、グンと秀吉が組んで優勝した「スズカ4耐」ですね。仲の悪かった彼らがレースを通じて心をひとつにして勝利するんですが、終盤、ほかのライダーの妨害で転倒した秀吉がボロボロになりながら、グンにバイクを託す場面が感動的で。

 しかも秀吉はこのレースの後、峠の事故で亡くなってしまう。当時のマンガで人が亡くなるっていうのが衝撃だったし、グンが亡き友の思いを背負ってライダーとして高みを目指していくのが印象的でした。僕も高校2年の時に父親を亡くしているので、やっぱり同じ感覚になりましたね。父の思いを背負って競技に向かう部分は、少なからずありましたから。

――先ほどスケートとバイクは似ているというお話がありましたが、『バリバリ伝説』で読んだことを競技に生かしていた部分はありますか?

 マンガではレース前、周りから心配されるくらいイージーな雰囲気のグンが本番直前にがっと集中するところが描かれるんですが、そういった気持ちの仕上げ方は参考にしました。実際、極限の集中力はせいぜいもって10~20分くらい。そこに集約させていく前段階の気の抜き方って大事なんです。

――あるレースで、全身の感覚を研ぎ澄ませたグンが「200キロで走っていても路面のシミまで見える!」というシーンがあったのですが、以前、清水さんがインタビューで「最高の状態で走っているときは滑るべきラインが光って見える」とおっしゃっていたのを思い出しました。

 実際にそうなんですよ。スケートの場合は時速60キロくらいですけど、いい状態のときは周りの動きがスローモーションになって流れていく。氷のわずかな溝も見つけられるし、見えているから慌てないで対応できるんです。その境地に入ると、「はやくゴールしなきゃ」というよりむしろ、ゆっくりゴールして少しでもこの状況を楽しんでいようという感覚になる。こういうときはだいたい、いい記録が出ましたね。

 グンのそのセリフは、レーサーが実際に言ったことを作者の方が参考にしたんじゃないですかね。さっきリアリティがあると言いましたけど、この作品はきちんと取材したり調べたりして描かれていると思います。その“本物感”が、僕も含めてバイク好きに刺さったんでしょうね。

――この作品はモータースポーツ漫画ですが、最初は学園ものっぽい雰囲気もありましたし、ヒロインの歩惟(あい)と美由紀のふたりの女子が出てきます。歩惟は天真爛漫、美由紀はクールビューティ、清水さんはどっち派ですか?

 僕は美由紀派です(笑)。美由紀はバイクに乗ってカッコいいし、ぐいぐい系なのがいいですよね。でも歩惟もストーリーが進むにつれ、だんだん大人の女になっていく(笑)。走りの世界を凝縮した展開にちょいちょい恋愛が絡んでくるのも、けっこう楽しんでいました。

「最強」と「最速」の両方を手に入れた現役時代

――最終的にグンはワールドグランプリを制して世界最速の称号を手にします。清水さんも長野オリンピックで金メダルを獲り、その3年後に世界記録を出しました。

 『バリ伝』を読んで思い描いたとおりになりましたね。オリンピックは4年に1度の戦い。勢いや運も含めてその時に一番強い人が勝つものだから、オリンピックの勝者は言ってみれば「最強」です。一方で世界記録は「最速」。競技をやるうえで僕はその両方を獲れたら最高だと思っていたので、叶ってよかったです。

――4年に1度の舞台で勝つために、多くのアスリートがオリンピックに照準を合わせてきます。長野オリンピックまで、どんな準備をしたのですか?

 リレハンメルが終わって長野までの4年間、どんなふうに本番で戦い勝っていくのか、常にイメージして過ごしました。筋力トレーニングをすることで体のどの部位がどう変化して、それがどうレースの結果につながるかとか、細かくです。そうやって組み立てながら積み上げてきたものがオリンピックで再現できるのだと思います。

 当然本番は緊張しますから、その準備も必要です。僕はあえて極度に緊張するような状況をつくってレースに臨むようにしていました。たとえば、10キロの重りを背負ったままレースに出る。それも練習試合ではなく世界選手権の選考レースです。そのハンデのことは誰にも言わないで「それでも1位をとらなきゃいけない」というプレッシャーを自分に課すのです。これ、ものすごい緊張しますよ(笑)。でもこうして大事な実戦で気持ちに負荷をかけることを繰り返していくと、プレッシャー慣れしてコントロール法が身についていくんです。

1998年の長野五輪、スピードスケート男子500メートルの清水さんの滑り © 朝日新聞社
1998年の長野五輪、スピードスケート男子500メートルの清水さんの滑り © 朝日新聞社

――マンガみたいなすごい話です……。清水さんといえば、失神寸前のトレーニングで鍛えあげていたことでも有名です。

 限界ギリギリまで追い込むことで、体力や心拍数など体の限界領域が底上げされるんですよね。その領域を広げて限界スピードを手に入れたくて、嘔吐するような練習をしていました。僕は外国勢に比べて体も小さいし強くないので、そうしないと勝てないという気持ちもあったし、体を追い込むことで「自分はこんなに練習したんだ」という精神的な強さを磨いていた面もあります。

 いまの現役の選手がどんな練習をしているかはわからないけど、結果を出している選手はみんなこれくらいはやっていると思いますよ。そうじゃないと勝てない世界なので。

――今年2月の平昌五輪では、清水さんの解説がとてもわかりやすくて引き込まれました。解説するとき、どんなことを意識されましたか?

 スピードスケートは4年に1度、オリンピックのときしかゴールデンタイムで放送されません。普段スケートを見ない人に届けるために、専門用語を使わないように言葉の選択を注意しました。選手の気持ちになり過ぎると伝わりにくくなると思ったので、選手目線とドライな部分のバランスも考えましたね。あとは、連盟目線もちょっと入れて。

――スケート連盟の目線ですか? たとえばどんな?

 スピードスケートの一番のおもしろさって、やっぱりスピード感だと思うんですけど、テレビではどうしても伝わりにくい。それならレース展開をおもしろく見てもらおうと考えて、それぞれの選手の特徴や現場で感じたコンディションなどを踏まえて、ちょっと競馬っぽくゲーム性のある予想を解説に盛り込んでみたりしました。選手たちのことを伝えながらスピードスケートの魅力を知ってもらおうとするのって、連盟っぽいでしょ(笑)。視聴者、選手、連盟、いろんな視点から伝えることを意識しました。

一度はあきらめた自動車レースの世界でデビュー

――いまは介護やフィットネスの事業を主に手掛けているそうですが、昨年自動車のレーサーとしてデビューされたんですよね。きっかけを教えてください。

 もともとバイクだけじゃなくて車もすごく好きで、ずっとレーサーになりたいと思っていたんです。長野オリンピックが終わったら引退して、レーシングドライバーの佐藤琢磨さんが行ったイギリスの学校へ行こうと本気で思っていたくらい。でも長野で金メダルを獲ってスケートがもっとおもしろくなってきたので、それでレースの世界は諦めて。

 その後もなかなかきっかけがなかったんですけど、3年くらい前からカートに乗りに遊びに行くようになって、そこに来ていたGTドライバーの人に「レースやらない?」って声をかけられたんです。

――参戦してみて、いかがですか?

 同じコースをぐるぐる回るタイム勝負なんですが、がんがんアクセルを踏むと車の挙動が保てなくなるのでコントロールがすごく難しいですね。高ぶる気持ちのなかでいかにアクセルを抑えるか、そのアンバランスさを楽しんでいる感じです。結果が求められているわけではないのに、レース前は武者震いするような独特の緊張感があります。現役を退いてから、こういう張り詰めた感覚はなかなか味わえなかったので、自分のトライできる範囲で限界に挑んでいきたいなと。

――懐かしい緊張感に触発されて、スケートで現役復帰なんてことは?

 今の時点で可能性はゼロです。うまく滑れないと思う(笑)。ただ、引退したのが35歳のときで、正直もうちょっと続けたかったなっていう思いはあります。スキージャンプの葛西(紀明)さんとか、サッカーのカズ(三浦知良)さんとか、長く続けている方を見るとうらやましくなりますよ。自分も40歳くらいまで戦うのもアリだったかなとか。でも体がボロボロだったから難しかったですかね。

――指導者として金メダリストを育てるという可能性は、どうでしょうか。

 んー、難しいですね。指導だけではなく、身体づくりや環境づくり、現役を退いた後の仕事も含めて、選手のトータルサポートを将来的にやっていきたいなとは考えています。たとえばマンガもそうですけど、最終回の“その後”、『バリ伝』なら世界チャンピオンになったグンはどうなったの?って、気になりますよね。それと同じで、選手たちが引退してひとつの物語を終えた後、新たな生きがいを持ってセカンドキャリアに進める舞台をつくりたいんです。僕がいまやっている介護やリハビリ、フィットネスは、アスリートが培ってきた経験を生かせる場所。その現場づくりを少しずつ、進めていけたらと思っています。