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ままならなさを受け入れる 朝日新聞読書面書評から

思考としてのランドスケープ 地上学への誘い 歩くこと、見つけること、育てること 著者:石川 初 出版社:LIXIL出版 ジャンル:技術・工学・農学

価格:2808円
ISBN: 9784864800389
発売⽇:
サイズ: 19cm/254p

地上は愉快でたくましい生存のスキルで満ちている! 自然と人、それぞれの仕組みと事情のままならなさを受け入れ、両者を橋渡しする〈ランドスケープ的思考〉。その使い方と楽しみ方…

評者:野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月29日

思考としてのランドスケープ 地上学への誘い [著]石川初

 近所を歩いてみる。なんの変哲もない景色。家、店舗、車道、信号、街路樹。その意味はよく分かっている。人が住むためのもの、何かを売っている場所、車が走るところ……。私たちはその意味を一義的に固定されたものとして捉えがちである。しかし私は本書を読んで、その見え方が変わり始めるような予感をもった。
 都市の中で、公園がどうして憩いの場になりうるのか。それは、都市という固定された意味に支配された場所の中に用意された、遊んでも、ご飯食べても、読書しても、デートしても、何もしなくてもいい、さまざまな意味に開かれた場だからだ。
 だが、街だって、実はただ一つの意味に縛られているわけではない。専門的な視点をとっても、建築の視点、土木の視点、都市計画の視点はそれぞれ関わりつつ、異なっている。そして私たち素人はと言えば、そこに好き勝手な意味を読み込む。電車の中で本を読んだり化粧したり、子どもはどこでも遊び場にするだろうし、近所のショッピングモールを雨の日の散歩道にする者もいる(私だ)。つまり、街に個人的な意味を上書きするのである。さらに、そこには自然という、人間にはコントロールできない力も加わる。
 本書を読むと、私たちの環境=景観(ランドスケープ)の意味が多義的であるだけでなく、揺らいでいて、私にまだ見えていない無数の意味がそこにきざしているように感じられてくる。ひとことで言えば、風景がモコモコしてくるのである。
 どんなに明確な意味をもたせて設計し、作っても、そこからモコモコしたものがはみ出てくる。石川さんは、ランドスケープ的な思考のあり方を「固いものをきっちりと仕掛けたうえで……ままならなさを受け入れること」と言う。本書では、そんなまなざしからいくつもの話題が語られる。
 雑木林と百円ショップの類似性について(どこが似てるか、分かりますか?)。前方後円墳が平然と農地にされて、だからむしろ古墳が保存されたという話(農耕は地形を少ししか改変しない)。震災時の帰宅支援マップが都市に新たな意味づけを施したこと。ホームレスに冷たいベンチの作り方。高速道路に見られる土木の本質について(ちょっと難しいけど、この話も面白かった)。そして、いろいろやってもやっぱりどうにもままならない庭いじり。
 だけど、そんなままならなさを受け入れて楽しむには、どこかかっちりしたものがなければならない。かっちりしたところがあるからこそ、はみ出るものがある。私は本を閉じて、モコモコし始めた街を、散歩する。
    ◇
 いしかわ・はじめ 1964年生まれ。鹿島の建築設計本部などを経て慶応大教授(ランドスケープ設計)。著書に『ランドスケール・ブック』、共著に『今和次郎「日本の民家」再訪』(日本建築学会著作賞)など。