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文体模写には「笑い」トッピングが欠かせない ベストセラー「もしそば」が文庫に

文:鈴木遥、写真:大岡敦

まったく実用性がないのに売れた「もしそば」

――『もしそば』は、2017年の単行本刊行から2ヵ月で10万部を突破し、シリーズで17万部を突破しました。どのようにして話題となり、売れていったのでしょうか。

 この本のすごいところは、まったく実用性がないのに、売れたっていうことですね。初版は2万部なんですよ。売れる本しか出さないっていう宝島社の方針で、最低2万部からということだったんです。僕らは2万部をどうはけようか、頭がいっぱいで。

 でもプレスリリースを見て、「これは売れる」と何千部も注文してくれた地方の書店があって、事前に売れる予感はあったというか、大丈夫かなと。最初は、書店員さんがツイッターで「こういうのが入ってくる、楽しみ」みたいなツイートをすることがけっこう多くて、特に新宿の紀伊国屋書店がツイッターで推してくれてたんですよ。売れた理由は、本屋さん以外はないですね。

――『もしそば』といえば、共著者の菊池良さんがツイッターに投稿した「もしも村上春樹がカップ焼きそばの容器にある『作り方』を書いたら」(本書収録)から派生した、様々な作家バージョンでの「もし〇〇がカップ焼きそばの作り方を書いたら」や「#真田丸でカップ焼きそばを作る」などの投稿が、ネット上で盛り上がりを見せていました。そこから読者を取り込んだ印象だったのですが……。

 ぜんぜん違うんです。圧倒的に本屋さんでの売上がすごいんですよ。一番売れた層が40代から50代の女性で、それは意外でしたね。ネット層はあまり買っていないと思います。

 僕の想像ですけど、買ってくれたのは読書家の女性だと思うんですよね。教養ある人がくすくす笑うために読んだのか、文学の入口になるからと子どもに買い与えたのか、そのどちらかかと思うんです。そこから知らない小説に興味を持って、「あれがきっかけで小説家になりました」みたいな対談の依頼がきたら胸熱だなって思っています。

――『カラマーゾフの湯切り』(ドストエフスキーの文体模写)だったり、読んだことのない作家の作風も楽しめる本だと思います。どれが評判が良かったですか。

 星野源はめちゃくちゃ評判がよかったです。ファンがツイッターで「星野源さんが書きそう」みたいなことをめっちゃ書いてくれてて、ファンを味方につけたのは大きかったですね。『そして生活はつづく』の星野源だと書いているファンもいたけど、これは完全に僕のオリジナル文章ですね。

――となると、原文なしでどうやって星野源っぽい文章になるのでしょうか。

 星野源の本は読んでたんで、下敷きがなくても文全部が星野源なんですよね。「そもそもあれは焼きそばではないと僕は思っている。だって炒めてないんだもの」っていう言い回しとか、「こんなことを言っているから彼女もできないし、周りから星野さんがまためんどくさいことを言っていると言われるのだろうけど」っていうちょっと卑屈なところとか。これ似てなかったら、僕死んでただろうな(笑)。

――「この人物ならカップ焼きそばをどのように捉えるだろう」という視点こそが、『もしそば』のおもしろさになっています。

 よくある批評で、単語を焼きそばに置き換えただけっていうのがあるんですけど、そういうことじゃなくて、僕らがやってるのは思想までをも模写することなんですよ。自分たちが好きな作家を優先して、代表作とデビュー作とで最低2冊は読んで書いているんですけど、ひたすら読んで、掴んでいくしかないですよね。

企画のきっかけは村上春樹の文体模写

――そもそも、どのようにしてこの企画が生まれたのでしょうか。

 6年前に雑誌「ケトル」で村上春樹特集をやった時に、編集長に村上春樹文体でルポを書いてと頼まれたんですよ。僕は村上春樹が好きなんで全部読んでたんですけど、書くために長編を全部再読しました。その時、村上春樹の法則を60個くらい抜き出したんですよ。だから村上春樹の特徴はいっぱい知っていまして。「比喩を使ってけむにまく」、「スパゲッティはアルデンテに限る」、「完璧なものを信じていない」とかね。

完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。(『1973年のカップ焼きそば』)

 その法則を組み合わせて村上春樹文体でルポを書いたら、めちゃめちゃ好評だったんですよ。それで調子に乗って、同じように村上春樹の文体模写をして話題になっていた菊池君を誘って本を作ることにしたんです。2人とも村上春樹は本当にもう、口にできるほど読みまくってたんで、村上春樹っぽいフレーズがすらすら出てくるし、いくらでも書けるんですよ。「村上春樹の電車アナウンス」とかね。菊池君は書くもの全部が村上春樹文体になる病気にかかって、けっこう悩んでましたね。

――「村上春樹になりきった文体模写の本が作りたい」と動き出したものの、実際に企画が通ったのが“100通りの村上春樹”ではなくて、“100通りの作家でカップ焼きそばの作り方を綴る本”だったということですね。読者が「文体模写」を楽しむために、何かアドバイスはありますか。

 完全にエンタメ性でしょうね。単に文体を模写するだけでなくて、笑いを何個入れるというのは意識して、欠かさず入れています。あとはひたすら読むしかないですよね。「この人はこういうことを言いそうだ」ということを1冊読んで掴んでいく。そう考えると、最後はやっぱりセンスになってくる気がしますね。

――現在公開中の映画「響 -HIBIKI-」で2人は、コーマック・マッカーシーの小説と平手友梨奈(欅坂46)演じる主人公の文体を投影させた劇中小説を手掛けています。『もしそば』の文庫版では、ハリーポッターのJ・K・ローリング、柄谷行人、最果タヒら10編が新たに加わりました。文庫版での自信作を挙げるとしたらどれですか。

 文庫の新作で、僕の一番の自信作は雑誌の「ムー」ですね。

捕獲したカップ焼きそばU.F.O.内部にかやくの袋が2枚入ってる!? そんな驚くべきU.F.O.内部を捉えた写真の存在が明らかになった。(『衝撃! U.F.O.の内部映像を入手!』)

 今の出版状況を考えると、実用性がない、しかもメジャー感のない本が出版されて、まさか17万部も売れるっていうのが、すごいことじゃないかと思うんです。「宝島社が久々にサブカルの本領を発揮した」と社内で言われているんですよ。まだ希望はあるんじゃないか出版業界、って僕は思ってますね。