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私たちが知らなかった声を聴く

みな、やっとの思いで坂をのぼる 水俣病患者相談のいま 著者:永野 三智 出版社:ころから ジャンル:環境

価格:1944円
ISBN: 9784907239282
発売⽇: 2018/09/06
サイズ: 18cm/251p

水俣病センター相思社で患者相談などを担当する水俣市生まれの著者が、生まれ故郷でいまもタブーとされる水俣病事件の当事者やその家族たちとの交感を綴る。相思社の機関紙『ごんずい…

評者:野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月06日

みな、やっとの思いで坂をのぼる 水俣病患者相談のいま [著]永野三智

 「話を聞いてほしかったんです。やっと話を聞いてもらえた」。これは、明らかに水俣病と思われる、五十代の女性の言葉である。「明らかに水俣病」という言い方をしたのにはわけがある。水俣病に認定されると補償がある。そのために検診を受けなければいけない。だが、民間の医者は水俣病に関わろうとしない。昔の話ではない。2013年の話だ。そこで熊本県の公的検診を受ける。検診は数分で終わり、「非該当」と判定された。しかし、事情を聞いても、症状を聞いても、明らかに水俣病なのである。この人は、打開策を求めるのではなく、ただ話を聞いてもらうために、その坂を上った。
 不知火海をのぞむ丘の上に、水俣病センター相思社がある。永野さんはそこで患者たちの相談を受けている。「やっと話を聞いてもらえた」という悲痛な声、そうした声を残すために、この本が書かれた。
 読んでいて、私はつくづく自分が嫌になってしまった。なんだ、何も知らないんじゃないか。チッソの工場排水によってメチル水銀中毒が引き起こされた。しかし企業が責任を認めようとせず、県や国も企業の側に立っていたため、患者や支援者は闘わねばならなかった。そのくらいは知っている。しかし、過去の話だと思っていた。また、この問題に潜む複雑さはまったく見えていなかった。
 愕然としたのは、水俣病が偏見だけでなく差別にもつながっているという事実だった。そこにはもちろん水俣に固有の事情もある。しかし、支援されるべき被害者が差別されるという構図はけっして水俣病だけのものではないし、過去のものでもない。
 本書にはもちろんそうしたことの説明も書かれている。私たちは水俣病という不幸な経験から学ばなければいけない。だが、なによりもまず、ここで永野さんが記録した声に耳を傾けるべきだ。彼らの声は、残されねばならない。
    ◇
 ながの・みち 1983年熊本県水俣市で生まれ育つ。水俣病センター相思社で患者相談窓口を担当、現在常務理事