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50年ぶりの“新作”敵討ち淡々と

池上冬樹が薦める文庫この新刊!

  1. 『カササギ殺人事件』(上・下) アンソニー・ホロヴィッツ著 山田蘭訳 創元推理文庫 各1080円
  2. 『日本敵討ち集成』 長谷川伸著 伊東昌輝編 角川文庫 778円
  3. 『太陽は気を失う』 乙川優三郎著 文春文庫 734円

 (1)は、凝りに凝った本格ミステリー&ミステリー批評小説。帯に「アガサ・クリスティへの完璧なオマージュ×イギリスの出版業界ミステリ」とあるが、上巻は女性編集者が読むアラン・コンウェイ著『カササギ殺人事件』で、1955年を舞台にしたクラシカルな犯人捜しが展開し、下巻は女性編集者が作家の死と原稿を巡って推理を繰り広げるサスペンスになる。フィクションと現実が表裏一体をなす構成がまことに抜群で、これほど“1粒で2度おいしい”作品はないだろう。今年のミステリーのベスト1を争う秀作である。

 (2)は、昨年発見された長谷川伸の未発表原稿をまとめた50年ぶりの“新作”である。日本の歴史上に残る敵討ちを膨大な史料にあたりながら書き記した草稿370余編の中から、長谷川の弟子だった伊東昌輝が選んだ27編を収録。神武天皇、源頼朝、曽我兄弟、大石内蔵助などの敵討ちの顚末(てんまつ)を私情をはさむことなく淡々と冷静に事実だけ叙述していき、ときに叙事詩に近い響きをもつ。
 長谷川伸は序文で「日本の敵討ちは単なる報復ならず、独自の“格”を遂(つい)に備えるに至った」と述べているが、それは「鶴ケ岡総穏寺に土屋丑蔵・土屋寅松、相討(う)ちの敵討ち」をみればいい。叔父が甥(おい)を討つ事件は、藤沢周平も『又蔵の火』で小説化している。“格”は藤沢の作品にもある。

 (3)は、時代小説の名手だった乙川優三郎の現代小説集。余命宣告された男が昔結婚できなかった女に会いにいく「海にたどりつけない川」、乳がんにかかった女たちが温泉宿で語り明かす「考えるのもつらいことだけど」、シングルマザーが娘とともに元恋人と偶然再会する「さいげつ」など14編を収録している。震災を主題にした表題作だけが唯一弱いけれど、ほかはみな惚(ほ)れ惚(ぼ)れするほどの名品ぞろい。人生の結晶がいくつも描かれてある。人生観照がすみずみまで行き渡っていて、悲哀のさす新たな生の断面を見せられて何度も立ち止まり、これこそが人生なのだと感得する。何度でも再読したくなる傑作集だ。(文芸評論家)=朝日新聞2018年10月6日掲載