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月刊「ムー」40周年記念展を開催! 編集長が語るオカルトとの距離感 

文:加賀直樹、写真:有村蓮

教育書の学研がなぜ、「ムー」?

――古代文明、超能力、占い・魔術、都市伝説。毎月じつに森羅万象なトピックが並んでいます。三上さんは1991年に学研に入社し、その3ヶ月後には「ムー」編集部に配属されたんですって?

 入社当初は「歴史群像」というムック本の編集部に配属されました。入社翌年に雑誌になりましたが、当時「歴史群像」は「ムー」の別冊ムック本だったんです。「ムー」と同じフロアで仕事していたんですけど、「ムー」編集部の或る人間が歴史好きだったんですね。僕自身、「ムー」は学生時代からの愛読書。「歴史群像」雑誌化の立ち上げ時、互いの希望がハマったんですね。人事的には普通、新人なんか希望した部署に行かせないと思うんですけど。

――たしかに「まずは武者修行させて」が普通ですよね。「ムー」自体は1979年の創刊。それにしても、オカルト誌の発行元が「学研」というのが、ちょっと何だか、意外というか何というか……。

 弊社の歴史的な話をするとですね、そもそも戦後すぐのころ、学校では教科書の数が全然足りてなくて、あったとしてもGHQの検閲が入り、「これはダメ」っていう部分には墨入れされていて、読めなくなっていたりしたんです。そこで、学研の創業者が「このままではいかん! 教育をおろそかにすると国の未来がない!」と、新しい教育書を作ってスタートしたんです。メイン商品は「科学と学習」シリーズ。

――私、ずっと読んでいました。「学研のおばさん」が届けに来てくれて。

 付録がデカくて取次業者に通せない。なので、直販ですね。それから、もうちょっと成長すると「中学コース」「高校コース」。これも基本的にはお勉強ですね。英語だったら「ニュークラウン」や「ニュープリンス」の教科書に合った英単語とか。いわゆる「副読本」みたいな位置付け。ただ、学年が上がっていくと、指導要領に乗っ取ったお勉強とは別に、芸能、スポーツ、エンタテインメントの要素がどんどん多くなっていく。それは1年よりも2年、3年。中学よりも高校の誌面で、そういう要素が大きくなっていった。

――お勉強だけでなく。

 「高校コース」で、夏休みになると心霊特集とかミステリーゾーン、予言特集、ノストラダムスみたいな、いわゆるオカルトの読み物を特集するわけです。すると、反響がドッと押し寄せた。この時、「コース」の編集者が「雑誌を立ち上げるか!」。70年代後半はどこの出版社も雑誌創刊ブーム。アンケートで好評なら、それ(オカルト)をメインにした雑誌を作ればいいじゃないか、って、無謀な企画で立ち上がったんです。

読者投稿「ムー民広場」は今もなお健在

――だから学研なのか。唯一無二の斬新な雑誌が、この時に産声を上げたのですね。

 もともと学年誌の編集部が作るので、どうしても作り方が学年誌っぽい。「読者ページ」があるのですが、それなんかも、学年誌の典型。

――読者投稿「ムー民広場」。今もなお名物コーナーだそうですよね。

 当時はその中に文通コーナーなんていうのもありました。今だったら個人情報漏洩で怒られる()197911月号の創刊号は、ミステリーだけじゃなく、小説や漫画、ちょっと芸能系のページもあったりした。当初は隔月刊で、今よりももう少し大きい判型。なかなか部数が伸びなくて、1年後にリニューアルしました。

――どんなリニューアル?

 いわゆるこういうマニア雑誌……、鉄道マニアにしても、マニアの人たちというのは、年齢や学年が自分よりも上の本を積極的に読む。例えば小学校3年生でも、鉄道マニアなら時刻表を全部読みとれるし、写真を撮りに出かけるんですね。マニアってそういうものだから。だから、中高生向けの作りじゃなくて、大人が読んでも楽しめるような本にしよう、と。

 いわゆる「読み物主義」にその時、変えたんですね。週刊でも月刊でも、雑誌というものは均等に、たくさん細かいテーマをお皿に盛りつけて並べる。「ムー」はそうじゃなくて、大きいネタ、20ページ以上になる1つのテーマを書くようにしたんです。

――読み応えのある1テーマを、ドドーンと。

 「読め!」みたいな。そういう「読み物主義」を掲げ、フィクション系は極力排していった。小説も、漫画もいらない。中高生が読む普通の一般誌ではない、マニア化を目指そうと方向転換したんですね。

――中高生にはちょっと背伸びして読みたい、と思わせるような。

 198011月号、リニューアル第1弾は、「古代核戦争」という総力特集。まさに20ページにわたりました。「読みこなせるのかな」ってぐらい、ディープでハード、ヘビーな記事をメインにして。これが非常に受けて、部数がポーンと伸びた。次号、次号、出すたびに部数が極端な話、倍、倍になるぐらい伸びたんです。1982年1月号から月刊化し、この方針は変わらずに、今日に至っています。巻頭の「総力特集」というのがそれにあたります。

一貫したテーマは「世界の謎と不思議に挑戦する」

――世界のオカルト事象を次々と紹介しては、オカルトブームを牽引していきました。いっとき、類似誌が多数、発刊されましたが、今も続いているのは「ムー」だけですね。「生き残れている」理由とは。編集方針に特色があるのでしょうか。

 方針で言えば「ノンフィクション・ミステリー」なんですね。ミステリーというと、推理小説の意味合いが大きい。なので、敢えて「ノンフィクション・ミステリー」。「世界の謎と不思議に挑戦する」というテーマを掲げているんです。超能力とか心霊、魔術など、要は教科書で扱わないような、「本当かな?」みたいなテーマの括りで企画を集めると、ともすれば、「トリックだ」とか、初めから「こんなのあるわけないじゃん」って思われてしまう。

 そこで作り手が、こういうジャンルに対して小馬鹿にするような態度、スタンスだと、思いっきり誌面に出てしまう。かといって、思いきりハマっちゃうと、読者がドン引く。「これ、ヤバイ雑誌だよ」ってなる。競合誌が今までいくつかあったんですが、どれも続かなかったのは、おそらくそういう理由だったと思うんです。

――小馬鹿にするのではなく、のめり込み過ぎず、真摯に向き合う姿勢こそ大事ということですか。

 「やらせ」みたいなことは一切していない。ただ、どんな突飛な説でも、仮説として提示するのは良い。ただし、それに至るまでのロジックは、読者を納得させるようなものにする。いちおう理屈があって、その記事の中で、筆者の中では矛盾のないように理屈が通っている。

――その文章の中では破綻がないわけですよね。筋道を立てて、仮説が述べてある。

 えてして、こういうテーマって、何を言っているのか分からない原稿、ネタが多いんですが、そういうのは極力排している。「きっちり、やろう」と。

――とはいえ、そんなふうに距離感を保ちながら編集作業をするのって、なかなか難しそう。

 特にこういう世界って、本当のことは分からない。定説もない。なので、全部「仮説」である、と。仮説で分からないからこそ、謎であり不思議であり、ミステリー。オピニオン雑誌ではない。「ムー」というのは、主張を持って世界を変えよう、政治をこうしようっていうのは一切ない。あくまでも研究家の方の説を載せる媒体。

 UFOをテーマにした特集が、その最たる例です。例えば今月号は「UFOは宇宙から来た」。遠い星から、プレアデス星団から来た乗り物である。宇宙人の乗り物である。でも、来月号の予告を見ると、「UFOはタイムマシーンだ」。ところが先月号は「UFOは地底から来る」。特集によって、仮説というか、その中で完結し筋が通っていれば(OK)、という。

――そうか、「ムー」編集部見解として、「UFOはこういうものである」とは打ち出さないわけですね。

 勿論、誌面では毎回「これだ!」「これだ!」って、ビックリマークばっかり付けていますけどね()。おそらく、読者のほうが作り手、編集者よりも、こういうジャンル、テーマに関して造詣が深い。一家言を持っているんです。「毎月、言っていることが違うじゃないか」っていう記事でも、読み方の区別ができている。「今どき、こんな一般誌で文字がこんなに多いのは……」と思うんだけど。読者は付いてきてくれます。学校のクラスで言えば、優等生までいかなくても、ちょっと成績が良くて、ヤンチャでもない。「良い子ちゃん」が多い気がする。

 基本的に「ムー」を読んでいる読者って、「『ムー』読んでいる」って言わない。合コンに行って、相手と会った時に、自己紹介で「好きな雑誌は『ムー』です」って言わない。何かのはずみでオカルトっぽい話をして「え、そういうの好きなの?」「実は……」みたいな。「『ムー』って知ってる?」「え? 君も読んでいるの?」。隠れキリシタン的ですね。

「ムー」は資料として捨てられなくなる

――読者層って、わりと中高年の方が多いという噂を聞きましたが。

 漫画誌では「少年ジャンプ」とか「少年サンデー」を買い始めて、「もう少年じゃないし」となって「ヤングジャンプ」「ビジネスジャンプ」みたいなカタチで棲み分けがある。ところが「ムー」は、ずーっと今も毎月読んで、しかも、過去の号を捨てられない。読み捨て雑誌じゃないんですよね。本棚にずっと溜めていく。

――超能力ブームの時に「ムー」を手に取った人が、ずっとずっと一緒に年齢を重ねている。

 ある種、「資料」みたいな感覚になっちゃう。コレクション、というよりは資料。捨てられなくなる。結婚して奥さんに「何、この本、邪魔!」って捨てられたって話を聞きます()

――年代を重ねるにつれて、編集方針に変化は? 変えずにずっと?

 変わらないですね。変えられないし、変わったら……、それは読者が敏感に感じるところだと思います。テーマ自体は、要は、ネタそのものはもう限られている。UFOだとかUMAだとか。「またネッシーか」って。あとは如何にして調理するか。切り口。

――例えば最新号の総力特集は「臨死体験で見た日本超古代史の真実」。10月号は「緊急報告‼ タイムトラベラー大予言」。9月号は「ホピの終末予言と失われたムー大陸の謎」。よくもまあ毎月、こんなに多種多様なネタが出るなあと思うのですが……。

 創刊当時からそうです。編集部は社員で4人。最盛期には5人いたかな。フリーの方が実際の仕事をやってくれるんで。窓口みたいなかたちで社員が企画を振ったりしています。

――ネタ会議をやって?

 週1回でやるんですけど、基本的に研究家の方、ライターたちから上がってきたものを、「今月はこれをやろう」とバランスを見ながら。一般誌と変わらないテーマを扱うとしても、見方はかなり偏っていますからね、「これは絶対に陰謀だ」「背後に宇宙人がいる」とか。

――今までの編集長人生の中で、特に印象的に思い出す特集は?

 うーん、さんざんっぱら、やってきましたけど……、一つの「区切り」という意味では、世紀末、ノストラダムスの1999年というのは印象に残っています。1999年8月号ですね。これ以降は、ノストラダムスをまともにやれなくなってしまった。

――地球滅亡。で、その8月号に、次号予告が掲載されていたという笑い話がありますよね。「滅亡しないじゃん」っていう。

 まあ、ノストラダムスにはいろんな説があって、単なる地球滅亡だけじゃなくて、予言の中に2000年以降の年号が出ている予言もあるので、それは全然アレなんです。読者の反響で言うなら、「予言モノ」が当たった時は特に大きくなりますね。

――「予言モノ」。たとえば?

 もう最近だと全然、どこ行っちゃったかなというジュセリーノ(ノーブレガ・ダ・ルース)という(ブラジル人の)予言者がいて。この人の予言がすごく当たったんです。10年以上前だったんですけど、結構注目されて。

――どんな予言だったのですか?

 「パキスタンのブット首相暗殺、〇月に」って。暗殺されたんです、本当に(200712月)。「アメリカのゴア副大統領がノーベル平和賞を取る」って。で、取ったんです(同年)。「うわっ、すげぇ!」って話になって。そのジュセリーノの予言に「大地震、大津波でアジアの国が壊滅」って予言があって、かなり注目された。予言した年には起きず、それからほとんど当たらなくて、「インチキだ!」みたいな言われ方をしたんですけど。「予言モノ」というのは注目される半面、過ぎると皆、忘れちゃう。

フェイクニュースを裏読みせよ

――三上編集長ご自身も予言者、という噂を聞いたんですけど?

 それ、ネタじゃないですか()。霊感すらないです。超能力には憧れましたけどね、子供の頃、ユリ・ゲラーが来た時なんか。

――最新号を数十年ぶりに拝読し、本当に分からない世界ばかりだった。まるで、読者と編集部が、果てしない「長縄跳び」をやっていて、なかなか入れないでいるような気持ちになってしまった。

 極めて偏った、マニアックな、テクニカルタームが並んでいますからね。

――「初心者『ムー民』」になる人が、取っ掛かりとして、このニュースが今、熱い、とか、ここから見ると面白いよ、というのはありますか?

 初心者入門編をやったから部数が伸びるわけじゃない。マニア雑誌だから、ブッチ切っていいんじゃないの、みたいな。怪しいテーマで、怪しい情報、特に今、フェイクニュースがたくさんありますけど、嘘が分かって終わりではなく、更に裏読みする。フェイクが出る裏には意図があるだろう、みたいな。ちょっと陰謀論的な見方。99%フェイクでも、1%、すごい真実がある。それを如何に読めるか。こういうジャンルの記事、ニュース、情報を載せる時に必要。そういう読み方になってくるんですよ。

――リテラシーを培っていく。

 「ビッグフット」って知っていますか。ロッキー山脈一帯で目撃されるUMAで、身長は2メートルを超え、体重も200キロ以上もある、雪男みたいな毛むくじゃらの巨人。「ビッグフット」の有名な映像があって、いっときは「本物だ」と言われたんだけど、「実は着ぐるみで、中に自分が入っている」ってカミングアウトがあった。ところがその後に、それが嘘だ、となった。映像解析したら、リアルに毛穴まで見えて、本当の生物である可能性がある、という。「あ、嘘ですか」で終わらせず、「本当にそうなの?」。

 大騒ぎになった「異星人解剖フィルム」(1995年、英国で異星人の死体解剖を撮影したものと主張された記録フィルム)にしても、あれはフェイクだったんだけど、あそこまでカネをかけて作る必要があるのか。裏読みをすると、政治的なメッセージが隠されている(という見方がある)。普通の雑誌はそこまではやらない、こういうジャンルに関して。政治、事件では追っかけていくジャーナリストがいるんでしょうけど。

――裏の裏を読み解いていくんですね。創刊40周年を迎える「ムー」。記念の展覧会が東京・池袋で始まります。その見どころを教えてください。

 創刊号や、時代を彩った特集記事で、誌面の変遷を振り返っていただくのと共に、「ムー」が追いかけたいろんな謎にまつわる「物的証拠」も展示されます。ユリ・ゲラーが曲げたスプーン、北米の大型獣人の痕跡、インドの聖人の神聖物など盛りだくさんです。さまざまな関係者のメッセージや、「ムー」編集部を再現したブースもあります。「ムー」の世界を堪能していただけると思います。これからも世界にミステリーがある限り、「ムー」は謎の探求を続けていきます。