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栃木のホームセンターと群馬のクラブで育んだストリートワイズ DOTAMA

文・宮崎敬太、写真:佐々木孝憲

アイデア満載のジョジョ第4部に一番影響を受けた

 DOTAMAのインテリジェンスかつシニカルなリリックは、どこかRHYMESTERを彷彿とさせる。今年3月に発表したアルバム「悪役」のタイトル曲は、不正や汚職がまかり通る世の中を笑う無関心な一般人こそ真の悪人だと断じた。この社会に対する俯瞰した視点は、わかりすい極端な思想に傾倒するのではなく、あえて中庸なスタンスでいることを歌ったRHYMESTERの「グレイゾーン」にも通じる。この知的な無頼さこそがDOTAMAの魅力だ。

DOTAMA『悪役』

 「僕が読書で最初に衝撃を受けたのは荒木飛呂彦先生の『ジョジョの奇妙な冒険』です。ジャンプを最初に読んだ時のこと、今でも覚えてますよ。『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の連載が始まって、『SLAMDUNK』は桜木花道が坊主の頃。『ジョジョ』は第4部で、悪役の吉良吉影がシアーハートアタックというスタンドで(空条)承太郎を血まみれにした直後でした。当時は小学3年生だったので、そのシーンを見てものすごくびっくりしましたね。うちは男3兄弟だったので、みんなでずっと回し読みしてました。3人でいろいろ話しながら読むのはすごく楽しかったですね。

 ラッパー仲間でも『ジョジョ』好きは多くて、何部が一番面白いか論争になるんですよ(笑)。僕が主人公で一番好きなのは2部のジョセフ・ジョースターです。第1部の清廉潔白なジョナサン・ジョースターに対して、ジョセフはちょっと愛嬌がある。でも決めるところは決めるっていうのがすごくカッコよかった。第3部の空条承太郎はカッコイイのですがちょっとクールすぎる。だから僕はジョセフが一番好きです。お話は第4部が一番好き。ポップなスタンドがたくさん出てくるし、荒木先生の地元をイメージした架空の街・杜王町で主人公の東方仗助がいろんな人に会うというストーリーにワクワクしました。

 2005年に出した1st EP『DOTAMATICA EP』に入ってる『Mr.ブランコ』という曲なんかは、4部の影響を受けてると思う。この曲は公園の遊具の視点で歌詞を書いています。ブランコやシーソーが、どうやったらもっと子供たちに遊んでもらえるか、人間っぽく競い合う姿をラップにしました。こういう世界観は、ジョジョの4部が自分の中にあるからだと思います」

 彼のインテリジェンスな作風からゴリゴリに難しい本を紹介されるのかと思っていたので、「ジョジョ」は意表を突いた選書だった。さらに影響を受けた作品として岩明均の『寄生獣』も挙げてくれた。

 「『寄生獣』を読んだのは小学6年生の時です。学校の先輩が貸してくれたんですよ。この作品はとにかくハードなバイオレンス描写にぶっ飛ばされました。『寄生獣』は人間の脳に寄生する宇宙生命体と人間の戦いを描いています。彼らの言い分は『自分たちは人間しか食べないが、人間は他の動物をたくさん食べる。多くの生き物を犠牲にしてる。地球にとって害なのは人間じゃないか』と。環境問題がこの作品の真のテーマなんです。大人が話し合うような難しいトピックを、マンガで、人間ドラマに組み込んで描いちゃうっていうのが、幼心に感動しました」

『下町ロケット』も『半沢直樹』もMCバトル的

 DOTAMAのことをMCバトルで知った人も多いはずだ。「そこまで言うか!?」と呆気にとられるほどの毒舌フリースタイルは、人気番組「フリースタイルダンジョン」にモンスターとしてレギュラー出演していた時も異彩を放っていた。2冊目はバトルMCという視点から読んだ池井戸潤の『下町ロケット』だった。

 「ご多聞に漏れず、僕も池井戸先生のことはドラマ『半沢直樹』で知りました。ミーハーですいません(笑)。半沢直樹シリーズは銀行マンのお話なんですよ。融資失敗の責任を上司になすりつけられた半沢が、お金を取り戻すため言葉と行動力で戦う。ギラギラした登場人物がたくさん出てくるし、お金が人生や人の尊厳さえも決めてしまう怖さを描いていると思います。

 一方『下町ロケット』は文字通り下町の町工場がロケットの部品を作るというお話です。お話で描かれていますが、いま宇宙開発は世界でも民営化されていて、それぞれの企業はいろんなテクノロジーを詰め込んだロケットをいかに安く飛ばすか、ということにしのぎを削ってる。物語では、ロケットの水素エンジンを開発した精密機器の中小企業・佃製作所と、ロケット技術を内製化したい大企業・帝国重工の争いが描かれています。

 下町ロケットも半沢直樹シリーズと同じく、主人公がいろんなところで啖呵を切るんです。僕が特に好きなのは、主人公が『何かを成し遂げようとする夢の前では、大企業も中小企業もない。良いものを作りたいという思いだけだ』と話すシーン。自分たちが気持ちを込めて作ったものが時代を作っていく、そうしていこうじゃないかというメッセージがいたるところに落とし込まれている。音楽の作り手として、読んでいてすごく襟を正される気持ちになるんです。

 あと、このお話って権利に関する訴訟の話が多いんですよ。これがほとんどMCバトルで(笑)。物語の最初のほうに、佃製作所の開発した小型エンジンがナカシマ工業という会社から、特許侵害で訴えられる。相手の弁護士は『いつ? どこの工場で? 何時何分にその技術を開発したの?』みたいに追い詰めてくるんです。それとどう戦うか。そのあたりも読んでてすごく面白かった」

 DOTAMAは非常に分析的なラッパーだ。以前「フリースタイルダンジョン」の特番で、DOTAMAが対戦相手のプロフィール、攻め方、韻の踏み方、そしてその攻略法を書いたメールを仲間全員に送っていたというエピソードもあるくらいだ。いつも痛いところをピンポイントでついてくるDOTAMAの毒舌は、そういった分析癖から生まれたのだろう。

 「そのエピソードに関して言うと、あのメールはみんなに考えてほしいから送ったんです。別に自分が正しいとかそういうことではなくて。『DOTAMAがああ言ってるけど、俺はこう思う』みたいなので全然いい。思考し続けることが重要だと思います。もちろん悩むこともあるけど、考えることに意味があるというか。

 僕は高校を卒業してから栃木のホームセンターにサラリーマンとして10年間勤めていました。売り場の一角を任されていて、売れ筋も含めて、どういう商品を仕入れて、どう展開するか、そして売り上げをどう見込むか。売り場を設計する際に、必ず上司に報告しなくてはいけなかったんです。そしたら自然と物事を分析するようになった。でも、サラリーマンの方にとってはたぶん当たり前のこと。僕はそれを、ヒップホップやMCバトルに応用しただけだと思います」

現場叩き上げ特有の武闘派感があるRHYMESTERに共感

 そんなDOTAMAが最近読んで感銘を受けた1冊があるという。それが村上龍の半自伝的青春小説『69 sixty nine』だ。宮藤官九郎脚本で映画化もされた。

 「実は村上龍先生には苦手意識があったんですよ。中学生の頃、タイトルがカッコいいという理由で『希望の国のエクソダス』という作品を読んだら、難しすぎて全然理解できなかったのが軽くトラウマになっちゃって。頭が悪かったのですが(笑)。『69 sixty nine』はたまたま本屋さんでブラブラしてた時に見つけて、なんとなく買って読んでみた。そしたらすごい読みやすいし、内容も面白く、ハマってしまいました。

 学生のときは男子しかいない進学校だったから、女の子を口説くためにバリケード封鎖をしちゃう『69 sixty nine』みたいな青春はまるで考えられませんでしたね(笑)。あと、あとがきで『自分の高校時代を書くのに20年かかった』と村上先生が書いていたんです。この本を読んでる時、僕もちょうど自伝『怒れる頭』を書いてた最中で、自分のサラリーマン時代の話を振り返っていたんですよ。それで、勝手に村上先生にシンパシーを感じて。そういう意味でもこの本は気に入っています」

 DOTAMAの文系キャラクターで、男子しかいない進学校出身というと、どうしてもRHYMESTERの宇多丸を思い出してしまう。宇多丸も都内の進学校として有名な巣鴨高校出身。とても硬派な校風で青春時代は女性と縁遠かったことをラジオや著作などで面白おかしく語っている。

 「宇多丸さんには影響を受けたし、尊敬しています。語弊があるかもしれませんが、RHYMESTERさんってインテリジェンスがあるのに、ストリートの武闘派感も合わせ持っている。現場叩き上げのタフさというか。僕も現場叩き上げ型なんですよ。こういうルックスだから頭でっかちなラッパーみたいに思われがちだけど(笑)。出身は栃木県の佐野市という場所なんですが、群馬のクラブが近かったので、サラリーマンをしながら群馬でレギュラーイベントをやったり、10年以上ずっと活動してきたんです。

 ニュアンスが間違ってたらお恥ずかしいのですが、宇多丸さんが映画監督のクエンティン・タランティーノを評して、『彼はいわゆるシネフィル的な品のいい映画の学び方はしてないけど、バイトしてたビデオ屋で独り映画を観まくってきた。ヒップホップ的に言えば、それはストリートワイズ(現場で学んだ知恵)だ』と仰ってたんですよ。ストリート、つまり現場で学ぶという。ライブや音源はもちろん、MCバトルにも、僕の根底には現場での経験があるんです」

 「フリースタイルダンジョン」で活躍しているラッパーたちの多くは、1990年代末から2000年代初期にかけて活動を始めた。現在では考えられないが、彼らと当時活躍していたZeebraやRHYMESTERらの接点はほとんどなかった。ゆえに若いラッパーたちの活動は文字通り暗中模索で、ほとんどがラップだけで生活できる状況になかった。

 DOTAMAがシーンに登場した2005年は、漢 a.k.a GAMI、SEEDA、NORIKIYOたちに代表される、リアルな不良たちのヒップホップに注目が集まっていた。そんな中、DOTAMAはエレクトロなビートで、サラリーマンの視点からラップをしていた。彼はとても異端な存在だったが、違うジャンルのステージにも積極的に参加して観客をロックし続けた。そしてMCバトルという起爆剤を経て、「フリースタイルダンジョン」にたどり着く。一筋縄ではないかないキャリアの中で身につけた知恵が彼の武器だ。番組を卒業した今も、DOTAMAのスタンスは昔と同じ。これからも持ち前のストリートワイズを生かして泥臭く活躍し続ける。