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世界に触れる、最初の一歩 山内マリコさんが小学生で出会った本「20世紀全記録」

 家族の誰一人として本好きではなく、テレビ見放題、ゲームし放題、お菓子食べ放題の超放任主義の家で育った。中学生のころ、わたしだけが突然変異的に小説を愛好しだしたので、ザ・文学少女的な読書遍歴がなく、バックボーンとしての本棚はとても混沌としている。実家の本棚に鎮座しているこの『20世紀全記録(クロニック)』は、発売時に父が気まぐれで購入したものだ。分厚くて、ずっしり重くて、お値段も立派。この本を手に帰宅した父に、「なんでこんな高い本買ったのー!?」と、富山弁で問い詰めている母の声を、わたしの耳はまだ憶えている。

 奮発して買ったわりに、父がこの本をめくっているところを見たことがない。代わりに、わたしの愛読書となった。小学生のころから、暇を持て余しているとよく本棚からこの本を持ち出した。そしてポテトチップスなどをむしゃむしゃ食べながら、時間を忘れてページをめくった。

 20世紀の世界の出来事を、1ヵ月ごとに新聞っぽいレイアウトでまとめたアーカイブ。最初のページである1900年1月は、“アメリカの世紀”の幕開けらしく、ニューヨークのタイムズスクエアの写真が飾っている。新世紀を迎えようとするNYを走っているのは自動車ではなく馬車だ。日本は明治33年。馬喰町を歩く9割の人が着物姿で、まだ江戸の情緒が色濃く残っている。ページをめくると時代はどんどん進む。めまぐるしい20世紀。パリで万博が開催され、ひどい戦争が起こり、若者カルチャーが台頭し、ダイアナ妃がセント・ポール大聖堂で結婚式を挙げた。最初と最後では、世界はまったく別物になっている。でも、そのプロセスが1ヶ月ごとに凝縮されているので、「ああ、今は昔と、ちゃんと地続きなんだなぁ」と思えた。

 しかしわたしはこの本で、知ってしまったのだ。もう大概の面白いことは、すでに起こってしまったのだと。あまりの面白さに無我夢中でページをめくりながら、どんどん“空白”が埋められていくことに言い知れない怖さを憶えた。もうこの世界に面白いことが起こる余地は残されてないのに、わたしはこれからなにをすればいいんだろう? 1980年なんかに生まれてしまったわたしは一体なにを……? いつの時代に生まれようと、そこがスタートなわけだけど。

 ネットがなかった時代、この本なしに、みんなどうやって世界の輪郭をつかんだのだろう。『20世紀全記録』と堂々銘打ちながら、1986年までという非常に中途半端なクロニクルになっているこの本のおかげで、わたしは本当にいろんなことを知った。世界に触れる、まさに最初の一歩だった。