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20年の歴史を持つ神田の老舗 「飲みねぇ、飲みねぇ、地ビールを」

文・イラスト:藤原ヒロユキ
文・イラスト:藤原ヒロユキ

To The Beer Bar~ちょいのみ親父の探訪記~ 第23回「地ビールハウス蔵くら」(東京・神田)

 「地ビールハウス蔵くら」はJR神田駅南口から徒歩1分の場所にあるが、住所は千代田区鍛冶町一丁目である。神田という地名はつかない。

 鍛冶町は不思議な町である。一丁目の隣は当然のことながら鍛冶町二丁目だが、さらに進むと神田鍛冶町三丁目と名前を変える。急に「神田」が現れるのだ。
 千代田区鍛冶町に一丁目と二丁目はあるが三丁目は無く、神田鍛冶町は一丁目も二丁目が無く突然三丁目である。
 このような、「神田の不思議」は、他にもある。神田司町と神田多町は一丁目が無く二丁目だけが存在する。千代田区区民生活部発行の『千代田まち事典―江戸・東京の歴史をたずねて』を読むと、昭和41年の住居表示の実施でどちらの一丁目も内神田の一部になってしまったとのことである。

 はたして、「神田」とはどこのことなのだろうか?
 一般的には、JRと地下鉄銀座線の神田駅周辺が「神田」なのだろう。
 しかし、他にも「神田」という文字を冠に掲げた地名がかなりある。
 神田神保町、神田淡路町、神田須田町、神田岩本町、神田小川町など28もの「神田**町」があるのだ。さらに、内神田、外神田、西神田、東神田と総勢32町の「神田」がある。

 1947年、神田区と麹町区が合併して千代田区が出来る際にどちらの区にも平河町があったため、神田平河町としたときに他の町の住民も「平河町だけずるいじゃねーかぁ、うちも神田をつけさせろよぉ」ということになったとの説を聞いたことがあるが……。真偽のほどはわからない。しかし、近年も住民の長年の要望により平成30年1月に猿楽町と三崎町にも神田の名がつき神田猿楽町と神田三崎町となったという経緯をみると、旧神田区の人達は神田という地名に誇りを持っていると考えられる。浪曲師・広沢虎造の十八番「石松三十石舟道中」でも森の石松に「江戸っ子だってね」と問われた男が「神田の生まれよ」と胸を張るシーンがある。単なる江戸っ子ではなく神田っ子というのが自慢なのだ。その後「江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」「飲みねぇ、飲みねぇ。寿司を食いねぇ」の掛け合いが何度か続くのは有名である。

 「地ビールハウス蔵くら」の歴史は下北沢でスタートしたのち、神田駅前に居を移して20年になる。当時はまだ“クラフトビール”という言葉は一般的でなく“地ビール”と呼ばれていた。
 神田駅周辺には、クラフトビールをあつかう店が増えたが、「蔵くら」の「地ビールハウス」という冠には老舗の誇りを感じる。

 メニューを開き、今日は何から始めようか? と作戦を練る。
 宮崎ひでじビールの太陽のラガーか城山ブルワリーのベルギーホワイトあたりからいってみよう。料理は、馬刺しか馬カツだな。ここは料理も美味しいからビールとのペアリングが楽しみだ。
 2杯目は八ケ岳ビール タッチダウンのプレミアムロックンロールボックか富士桜高原麦酒のアニバーサリーラガーオータムとピクルス&ザワークラウトを合わせたい。
 3杯目は箕面ビールのスタウトか飛騨高山麦酒のスタウトともつの黒ビール煮込みにしよう。

 「地ビールハウス蔵くら」の住所に神田の文字は無いけれど、神田が誇るビアバーと言えばやっぱ「地ビールハウス蔵くら」だ。

 「江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」「飲みねぇ、飲みねぇ、ビールを飲みねぇ」

 神田の「地ビールハウス蔵くら」。
 本当に、いい店だ。また訪れたくなる。