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悩める人びとを夜食カフェがあたたかく迎える 古内一絵さん「マカン・マラン」シリーズ完結

文:根津香菜子、写真:有村蓮

口コミでじわじわと広がって4部作に

――「読書メーター」の読みたい本ランキングで1位を獲得し、多くの読者から続編を待ち望まれていた今作ですが、完結編を書き終えた感想はいかがですか?

 「マカン・マラン」シリーズは、最初から売り上げ部数がバンと出たわけではなく、じわじわと口コミで広げていただいた作品なんです。1作目を書いた後に「読者の評判がいいので続編を」というお話を編集の方からいただいて「4部作にしましょうか」という話になったのですが、そこまでやれたらいいな、と著者と編集者が思ったとしても、現実に書けるか分からないので、今こうして無事に完結編を書き終えることができて感謝しています。

――店名の「マカン・マラン」はインドネシア語で「夜食」を意味するそうですが、なぜ「夜食」を出すお店を舞台にしたのですか?

 私は以前映画会社に勤めていたのですが、毎日忙しくて22時に退社できたら早いほうでした。もうお腹も空いてクタクタだけど、家に帰って自分で作るのもしんどい。その時間に空いている店が居酒屋かラーメン屋しかなかったので、夜の22時過ぎくらいから女性が1人でもふらっと入れて、野菜たっぷりの体にも優しい料理を出してくれるお店があったらどんないいいだろう、と思っていました。会社員だった頃に思い描いていた店を舞台にした今作が多くの方に支持されたということは、私と同じ思いをしている人が多いんだなと感じましたね。

――「ランチ鬱」の派遣社員にはバターや卵不使用の「蒸しケーキのトライフル」を、娘との関係に悩む元同級生にはギンナンなど冬至の七種を入れたうどんなど、シャールが一人ひとりに作る、マクロビオティックや薬膳の知識を取り入れた料理がとても美味しそうなのですが、ご自身も食に対してこだわりがあるのでしょうか?

 普段料理もしますけど、シャールのように凝ったものではなく、ジャムとかシロップみたいな保存食を作ることが好きです。毎年6月くらいに梅をつけてシロップを作ったり、冬はしょうがのシロップを作っています。保存食はとっておけるし、月日が経つにつれて味も変わっていくのが楽しいんです。夜中にジャム煮たりすることもありますよ。うっぷんがたまったときにおすすめです(笑)。

――登場人物たちのように、料理で救われた経験はありますか?

 食べることは好きですし、食事はすごく大事。忙しくてめちゃくちゃになるとコンビニやレトルトばかり食べてしまい、食生活が乱れると気持ちも乱れますね。会社員時代も休日は自分で蒸した野菜にディップをつけたものや、具沢山のスープなど、簡単なものでも野菜を食べると気持ちが落ち着きました。

さまざまな人の悩みから目をそらさず、容赦なく書いた

――性同一性障害を抱えた中学生を描いたデビュー作『銀色のマーメイド』(『快晴フライング』改題)では、シャールがメンター役として初登場します。古内さんの作品には、トランスジェンダーが通底するテーマのようですが、何か理由があるのでしょうか?

 当時勤めていた会社が、男女雇用機会均等法により初めて女性の総合職を採用した年に入社したので、私がその第一期生だったんです。いくら法律で女性の社会進出を推奨しても、実際の現場では何も変わっていないと思うことがたくさんありました。そのころに感じた「性差」が、作品の根底にあると思っています。今は女性も社会で働き、男性も子育てをしなければ成り立たないような環境になってきているから、誰もがトランスジェンダーの感覚がないと、この先やっていけないのでは?と思うんです。

――各章の登場人物たちが抱える悩みや問題は、どこか自分にも当てはまるなと思うところがあるのですが、それぞれの悩みはどのように決めていらっしゃるのですか?

 作品を書くときは相当下調べをしています。担当編集の方に紹介してもらった人や、周りの人たちに取材しながら書いているのですが、今回も色々な人から「今どんなことで悩んでいるのか」について率直な話を聞くことができました。「美魔女」と言われる人に話を聞いた時も、「全然分からないな」と思うところもあれば、共感できるところもあったんです。それぞれの悩みや抱えている問題に関して、闇の部分からは目をそらさずに容赦なく書きました。だからと言ってシャールが全て解決してくれるわけではなく、そのメンターを通して登場人物それぞれの自主性を大事にしたかったんです。

 男にも女にも光と闇の部分があるし、「マカン・マラン」が開店している23時という時間も「今日と明日」の境界線でもあります。誰もがその境界線を越えないように必死に歩いている、そんな世の中だと思うんです。