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自分を解放する身体エクササイズ 朝日新聞読書面書評から

考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門 (幻冬舎新書) 著者:梶谷 真司 出版社:幻冬舎 ジャンル:新書・選書・ブックレット

価格:907円
ISBN: 9784344985148
発売⽇: 2018/09/27
サイズ: 18cm/262p

対話を通して哲学的思考を体験する試みとしていま注目の「哲学対話」。その実践から分かった、考えることそのものとしての哲学とは? 生きている限り、いつでも誰にでも必要なまった…

評者:野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月17日

考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門 [著]梶谷真司

 最近試みられている活動に、哲学対話というものがある。ある問題について、とくに哲学をしてきたわけではない人たち(子どもたち、学生、会社員、主婦、等々)が自由に話し合うというものである。しばしば哲学者がその進行役を務める。そして私はそのような活動に対して懐疑的だった。本書は哲学対話を実践してきた著者による哲学対話のすすめである。だから、読み始める前は、率直に言って「ふーん」という程度の気持ちだった。しかし。
 読み終えたいま、私は、この本の凄みが一部の読者には伝わらないのではないかと懸念している。この本を読んで「ふーん」で済まされては、私が嫌だ。いや、どうも著者の情熱が3割ばかり乗り移ってしまったようだ。
 私が哲学対話に後ろ向きだった理由は、的外れな発言が飛びかうだけで議論が深まることはないんじゃないかと疑っていたからだ。じゃあ、本書を読んでその疑いが晴れたのかというと、そうではない。「そんなことはたいした問題じゃないんだ!」と、本書に説得されたのである。
 私たちの多くは、自由に考えてはいないし、自由に喋ってもいない。そしてもしかしたらそのことを自覚してさえいない。常識、規範、人間関係に縛られ、場の空気を読み、思考の幅も発言の内容も無意識の内に自己規制している。「考える」ということはその抑圧から解放されることなのだ。梶谷さんはこんなことを言う。「対話が哲学的になった瞬間は、感覚的に分かる。全身がざわつく感じ、ふっと体が軽くなった感じ、床が抜けて宙に浮いたような感覚、目の前が一瞬開けて体がのびやかになる解放感、などなど。」??自分を押さえつけていた蓋が外されて、考えることの、語ることの自由を体で感じる瞬間、哲学対話はそれを求めている。
 話題はなんだっていい。ある問いかけが共有され、それについてみんなが考える場に自分を開く。さまざまな意見に出会い、それを受け止める。問われている事柄そのものに向かっていくことで、自分の意見を言いながらも、「自分の」というこだわりやこわばりがほどけていく。分からなくなっても、違う意見に出会っても、けっして追い込まれたりすることがない、そんな体験。
 哲学対話というのは、問題解決を目指した討論ではなく、自分自身を解放するための身体的なエクササイズなのである。逆に、本書を読むことによって私たちは、いかに自分が息苦しい思考と発言の場に押し込められているかということを思い知らされるだろう。私たちは、きっと、もっと楽に呼吸できるはずなのだ。
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 かじたに・しんじ 1966年生まれ。東京大教授。専門は哲学、比較文化、医学史。著書に『シュミッツ現象学の根本問題』、訳書にゲルノート・ベーメ『雰囲気の美学』(共編訳)など。