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読み続けたい人情話長編が終巻

池上冬樹が薦める文庫この新刊!

  1. 『竈河岸(へっついがし) 髪結い伊三次捕物余話』 宇江佐真理著 文春文庫 853円
  2. 『砂の街路図』 佐々木譲著 小学館文庫 680円
  3. 『少女架刑 吉村昭自選初期短篇集1』 吉村昭著 中公文庫 907円

 死ぬまでずっと読み続けたいシリーズがあるが、(1)の髪結い伊三次ものは正にそんな一つだった。終わりなき大長編を生きている、といいたくなるほど、出てくる人物すべてが成長し、そこにドラマが生まれ、読者はそれから目が離せない。次はどうなるのだろう、彼らはどんな楽しみを抱き、どんな苦しみにたえて生きていくのだろうと親身になって読み耽(ふけ)ってしまう。伊三次の家族ばかりではなく、北町奉行所同心の家族一人一人の変遷が示されてもう目が離せない。たまらなく愛(いと)おしいシリーズだったのに、作者の急逝で(1)が最終巻になった。相変わらず人情話がみないいし(とくに表題作と「擬宝珠〈ぎぼし〉のある橋」)、因縁のある駄菓子屋の主(あるじ)、薬師寺次郎衛が脇役となってシリーズを盛り上げていく計画がうかがえて残念!

 (2)は、高校教師が休暇を利用して北海道の運河町へと赴き、20年前に事故死した父親の行動を探る物語。サスペンスの詩人、コーネル・ウールリッチ(ウィリアム・アイリッシュ)に強い影響をうけて作家生活に入った佐々木譲のもっとも柔らかなロマンティシズムが表出されていて心地よい。探偵が戸口から戸口へと訪ねまわる巡礼スタイルが踏襲されていて、アメリカの家庭の悲劇を描いたロス・マクドナルドを彷彿(ほうふつ)とさせるが、佐々木譲は、家庭の悲劇のみならず時代の悲劇すら視野に入れている。さらに運河町という町の造形(歴史・名称など)をすべて一から作り上げている点も見事。

 (3)は、いまなお読んでも心が震えるほどの衝撃をもつ吉村文学の逸品たち。圧倒的な迫力で殺人に至る(でも清冽〈せいれつ〉極まりない)「星と葬礼」、死んだ少女の視点から自らの死体解剖、火葬、納骨を冷ややかに物語る「少女架刑」、三島由紀夫が激賞した死と官能のアラベスク「死体」、芥川賞にノミネートされた死者をめぐる群像劇「鉄橋」など7編。驚くほど様々な生と死の極限を厳かに描ききっており、60年前後経過していても鮮烈な印象を残すノワールだ。『透明標本 吉村昭自選初期短篇集2』ともども必読!=朝日新聞2018年11月17日掲載