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名人のつくる「コシのある泡」で、希少なビール・アサヒ樽生「マルエフ」を

文・イラスト:藤原ヒロユキ
文・イラスト:藤原ヒロユキ

To The Beer Bar~ちょいのみ親父の探訪記~ 第25回「ビアライゼ’98」(東京・新橋)

 「ビアライゼ’98」の特等席はカウンターだと思う。
 ビールを注ぐ松尾光平さんの職人技を見ながら飲むビールは格別だ。

 以前、とあるオーセンティックなバーで「ビールは置いていない」と言われ、理由を問うと「ビールは栓を抜いて注ぐだけなので、バーテンダーの腕の見せどころがない」といった趣旨のことを言われた。そのまま踵を返して店をあとにする手もあったが、それもいささか無粋かとカクテルを頼んだが、案の定“ひどい味”だった。
 ビールは注ぎ方によって味わいが変わってしまう。そんなことも理解できていないバーテンダーがまともなカクテルを作れるはずがない。

 ビールを注ぐという行為は非常に繊細で奥深い。
 南ドイツ発祥のヘーフェ・ヴァイツェンは酵母と小麦麦芽由来のくすみをほどよく混ぜ合わせながら、泡をこんもりと盛り上がるように注ぐと口当たりが良い。
 イギリス発祥のペールエールは、泡をほとんどたてずに注ぐことによってホップの苦味や香りが際立つ。
 日本で最も飲まれている、ピルスナーはビールと泡の比率が7:3ぐらいになるように注ぐことによって、泡がフタの役目をはたし、ビールの劣化を防いでくれる。さらにその泡が“コシのある泡”であればいっそう効果がアップする。ビジュアル的にも美しいし、舌触りも良い。

 ところが、この“コシのある泡”というものは誰しもが作れるわけでない。ビール注ぎ名人の技が必要だ。

 「ビアライゼ’98」の松尾さんは、ビールを2度にわけて注ぐ。
 はじめに勢いよく注ぎ、表面の粗い泡を捨てたのち、泡を持ち上げるように再びビールを注ぐ。世に“マツオ注ぎ”と呼ばれる技である。
 一般的な注ぎ方のビールは、グラスを揺らすと泡の力がなく崩れて零れ落ちるが、“マツオ注ぎ”のビールは泡が形を崩すことがない。マッチ棒を縦に立たせることすらできる。

 この“マツオ注ぎ”は、東京八重洲にあった伝説のビアホール「灘コロンビア」の故新井徳司氏のテクニックを継承している。松尾さんは、新井さんの愛弟子なのだ。
「ビアライゼ’98」のビアサーバーは「灘コロンビア」が閉店する際に松尾さんが譲り受けたものである。氷水が満たされた寸胴の中にビールの流れるコイルが設置されているビアサーバーで、注ぎ口のレバーが水平についているクラシカルなものだ。

 「ビアライゼ’98」には、もうひとつ特筆すべきことがある。
 それが、アサヒ樽生「マルエフ」である。アサヒビールがスーパードライを売り出す以前に造っていたビールだ。コクがありつつ、スムーズな喉通りのビールである。現在も少量だけ醸造されており、限られた飲食店だけに出荷されている。非常にレアなビールである。
 スーパードライが一世風靡した一件は『たかがビールされどビール―アサヒスーパードライ、18年目の真実』を読むと、マーケティングの重要性も知ることが出来て面白い。

 カウンターに陣取り、松尾さんがマルエフを注ぐ姿を肴に、マツオ注ぎのマルエフを飲むことは最高の贅沢だが、それはすこし度胸のいることでもある。カウンターに座ると松尾さんにこちらの飲みっぷりを見られてしまうからだ(笑)。
 美しく注がれたビールは美しく飲まなければならない。コシのある泡を崩さずにビールを飲むとグラスに泡の跡がきれいなリングを作っていくが、下手に飲むとリングの形や間隔にバラツキがでる。恥ずかしい泡の跡を残してはならない。
 注ぎ手が真剣ならば飲み手も真剣である。

 とは言うものの、緊張して飲むビールは美味しくない(笑)。
 ビールは楽しく飲むのが一番である。「ビアライゼ’98」は堅苦しさのない庶民的なビアレストランだ。メンチカツ、ポテトサラダ、冷奴といったメニューが並んでいる。
 ビールもマルエフ以外に数銘柄用意されているので、いろいろ試すこともできる。
 カウンターでなくてもいい。いろんな席に座ってビールを楽しもう。だって、ビアライゼってドイツ語で「ビールを巡る旅」って意味だから。いろんな席に陣取ってビールを飲むことも小さなビール旅に違いない。

 新橋の「ビアライゼ’98」。
 本当に、いい店だ。また訪れたくなる。