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亡父と過ごした親密な時間 寺尾紗穂さんエッセー集「彗星の孤独」

文:宮本茂頼 写真:岸本絢

離れていても、父の血を自分のなかに感じる

――エッセー集は、ここ10年ほどで書いた文章と、発表したアルバムごとに当時を振り返った書き下ろしなどで構成。出産や離婚など、さらっと私生活に触れていてドキッとしました。

 波瀾万丈でしたね(笑)。これでもだいぶぼかしています。

――苦しい時期もあったようで、3人の娘さんを抱えて、電気を止められたエピソードも。

 悲壮感はありませんでしたね。けっこう楽しいものなんですよ。

――娘さんとのほっこりした話も満載ですが、父親との複雑な関係に触れていますね。父親の寺尾次郎さんは、かつて山下達郎さんの伝説的なバンド「シュガー・ベイブ」のベーシスト。その後、フランス映画の字幕翻訳の第一人者として知られた人でした。

 冒頭の『残照』(2010年執筆)はアルバム購入特典エッセーで父について書きました。家庭の事情ではありますが、父の『不在』は、私にとって避けて通れない所でした。

――音楽的に豊かな環境で育ったと思っていましたが、紗穂さんが生まれる5年前に、音楽はやめていたそうですね。そして、紗穂さんが幼い頃に家を出て仕事場で暮らし始め、やがて「正月だけ会う人」になった、と明かしています。

 離れて育っているのに、父の血を自分のなかに感じる。父がどういう人間か少しずつ分かってくると、すごく共通点が多いんです。気持ち悪いくらい。私は中3からラジオで中国語講座を聴き始めて、音楽の道と迷いつつ歴史をやりたくて普通の大学に行ったんですが、父はやはり中学の同じころにフランス語講座を聴き始めて、大学では西洋史専攻だったそうです。

――エッセー集本編の最後は、父の死に寄せた『二つの彗星』。亡くなる前にインタビューするなど、これまでになかった親密な時間を過ごしたことが書かれています。

 やっぱり似ているのかもしれないな、と感じていましたが、死が近づいてきて、きちんと話を聞いておかなければと思いました。自分のなかで消化しなければならない存在でした。血のつながりというものを強調するつもりはないのですが、きちんと向き合わないと後悔すると思いました。

――父親のほかにも、大切な人たちとの別れが描かれています。大病を患った後に身寄りがなく、苦しい生活の中で亡くなった知人の話は、胸が痛みました。

 悲しい話として終わらせちゃいけない、と思います。戦争も執筆テーマの一つですが、悲惨な経験を忘れないとか、平和を祈りましょう、では足りない。何ができて、周りにどうやって伝えなきゃいけないのか、行動の部分が気になります。

――ただ、声高に訴えるという筆致ではなく、感じたこと、考えたことを丁寧にすくいあげていくという印象です。これまで著した『原発労働者』や『あのころのパラオをさがして』などは硬派なテーマですが、「ノンフィクション作家」でなく「エッセイスト」という肩書で文筆活動をされています。

 自分の感覚を、話を聞いている相手の感覚と、どこまで近づけるかを意識しています。事実にもちろん興味はありますが、それよりも、その人が真実と思っていることやそこで生まれたこだわり、などに興味がありますね。聞いたことについても、こうかもしれない、ああかもしれない、といろいろ解釈の余地がある。そういう自分が感じたことを書けるのがエッセーだと思っています。

書く時は書き、歌は自然にやってくる

――今回、エッセー集とトリオバンド「冬にわかれて」のアルバム「なんにもいらない」(Pヴァイン)が同じ日に発売されました。文筆と音楽の切り替えはたいへんではないですか。

 書くときは、さあ書くぞ、という能動的な作業ですね。音楽は、人の詩につけるとき以外は、さあ作るぞ、と作ったことはないです。歌が自然にやってくるだけです。お風呂や自転車に乗っている時とかに。だから、ふだん音楽はぜんぜんやっていないんです(笑)。音楽を聴くこともあまりないです。流し聴きできなくて、聞くときは集中しないと聞けないので。原稿を書くときもかけません。

――ピアノ弾き語りを中心にしたソロで作品を発表してきましたが、今回はバンドとしてアルバムを出しました。

 メンバーの2人(ベースの伊賀航さん、ドラム・サックスのあだち麗三郎さん)は、ソロでサポートしてもらっています。ソロのレコーディングは、一発録りに近い形でやってきましたが、2人はアレンジのアイデアが色々あって、こだわりたい人たちだったので、ある程度、任せてみたら違う音楽ができるかなと。

――ソロとの違いは。

 私が弾くソロのピアノでは、左手のベースが割と雄弁なんですよね。それで自分のリズムを作っているところもある。でもバンドではベースはいるわけで、ピアノは高い音程を期待される。だから曲によっては、右手だけで弾いてみる曲があったり。そういうソロ的な自由さはない制約の中で、アレンジを考えなくてはいけないのは、修行感があって大変でもありましたが、聞きなおすとまあ面白いですね。ソロより幅広い層に届いたかなという感触はあります。ソロが暗いとか強いとか感じる人にも。ソロのアルバムでも、私なりに明るい曲を2、3曲は入れているつもりなんですけど(笑)。

――音楽業界はCDが売れないと言われる一方で、ライブは好調です。どう感じていますか。

 私のデビュー(2007年)のころから、CDは徐々に売れなくなっていきました。一方でフェイスブックなどで直接、ライブの依頼が来るようになった。人が集まるのかな、という地方でも、企画者の熱意があると、驚くほどの観客が来てくれることもあります。

 本屋さんも同じで、地方でセンスのいい本屋さんが増えていますね。最近、『音楽のまわり』というミュージシャン仲間に原稿を依頼した本を編集して自費出版しました。置いてもらえる店をツイッターで募集したら、40店近く手を挙げてくれて驚きました。大きな企業に頼らなくてもいい、こういう活動の仕方はどんどん広がっていくのではないでしょうか。