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負の魅力に大輪の予感 作家・門井慶喜

  • 深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)
  • 竹井英文『戦国の城の一生 つくる・壊す・蘇る』(吉川弘文館)
  • 中村邦生編『推薦文、作家による作家の』(風濤社)

 少しでも文章を読む力のある人なら、深緑野分(のわき)『ベルリンは晴れているか』の1ページ目を読んでしまったら、もう本を閉じることはむつかしいだろう。
 なぜならそこには、堅固なベルリンがある。それも第2次大戦敗戦直後、米英仏ソの4カ国による分割統治のはじまったころの、複雑な負の魅力を持ったベルリンが。
 少し先には、こんなくだり。主人公である17歳の少女アウグステは、戦勝者の車にむりやり乗せられる。
 〈アメリカ軍のかの有名な“ジープ”は幌を開いていた上にドアがなく、まるで骸骨のあばら骨の中に座っているかのような、すかすかした心もとない感じがした〉
 実景と心理のきれいな一致。少女はそれからソ連の軍人へ引き渡され、アメリカ製歯みがき粉にふくまれた毒で死んだドイツ人男性の話を聞かされ、その死の謎をとくべくユダヤ人の泥棒とともに……国家と民族の複雑な思惑。ひょっとしたら私たちの前にあるのは、皆川博子以来の「Jガイブン」の大輪の花のつぼみかもしれない。
 文章がうまいのは作家だけではない。若手の研究者・竹井英文もまたしかり。『戦国の城の一生』は、建築され、維持管理され、破壊され、その後ときに再利用される日本の城というものの一生を、各段階ごとに叙述した一冊。
 土塁や曲輪(くるわ)のようなハードはもちろん、その内部での備品の管理や禁酒令など、ソフト面にも筆がおよぶ。総論的、網羅的でありながら砂をかむような退屈さとは無縁。わくわくさせる教科書だ。
 3冊目は、ふたたび作家の書いたもの。ただし『推薦文、作家による作家の』にあつめられたのは、内容見本に載った短文ばかりである。内容見本とは、全集などの刊行にさいして版元が作成した宣伝用のパンフレット。
 川端康成は『〈決定版〉梶井基次郎全集』のそれに寄せた文で「頽廃にて健康」と梶井の作風をぴたりと言いとめている。この伝で、村上春樹が吉行淳之介を、吉本ばななが吉本隆明を(つまり娘が父を)、井上陽水が色川武大を……ぜんぶで108篇(へん)。古本ずきらしい編者には、次はぜひ学者版を編んでいただきたい。=朝日新聞2018年12月9日掲載