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眺めたくなる影の領域 アンソロジスト・東雅夫

  • 小池昌代『影を歩く』(方丈社)
  • 田中清代『くろいの』(偕成社)
  • 篠たまき『人喰観音』(早川書房)

 翳(かげ)の観察者――『虚無への供物』でおなじみの中井英夫が、日影丈吉の魅力を語る際に用いていた言葉である。ミステリーと怪奇幻想の両分野で活躍した日影の作風を喝破して、まことに味わい深い。
 さすがは中井御大、巧(うま)いことを云(い)うものだと感じ入り、いずれ自分でも使ってやろうと機会を窺(うかが)っていたのだが、いよいよその時が来た。
 その名も『影を歩く』と題された、詩人で鏡花賞作家でもある小池昌代の掌篇(しょうへん)集だ。
 私自身も今年、「影」をテーマにした文豪アンソロジーを編んだこともあって、タイトルの「影」と、帯に大きく掲げられた「ひた ひた。」という文字の絶妙な取り合わせに目を惹(ひ)かれ、店頭で思わず手に取ったのだが、「妙に静かな一日だと思ったら 影だらけじゃありませんか」というプロローグに不意打ちされて、書店のレジへ一目散。
 人の世の様々な影の領域にじっと目を凝らして成ったとおぼしい全19篇の掌篇と詩の中でも、とりわけ3章にまとめられた「帽子」「塩をまきに」「墓荒らし」「あみゆるよちきも」などの諸篇には、怪奇幻妖の翳が色濃い。時にぞわりと肌が粟(あわ)だつ読み心地が嬉(うれ)しい、影の観察記である。
 子供に向けて書かれた絵本の中にも、時としてわれわれ成人の琴線を烈(はげ)しくふるわせる作品があるものだ。田中清代『くろいの』は、まさにそんな一冊。主人公の少女は、学校からの帰路、真っ黒けで他の人間には見えない「くろいの」に導かれて、塀の穴をくぐり抜け、庭のある日本家屋に入りこむ……これまた、白昼の日常と背中合わせの影の領域に関わる物語なのだ。ただし、こちらは無気味(ぶきみ)さよりも、闇の中にそっと身をひそめる快感が先に立つ。細緻(さいち)な銅版画の技法で描き出された屋根裏ワンダーランドはたいそう魅力的で、いつまでもほうっと眺めていたくなる。
 自宅の窓辺が異界との接点になるという奇想に発するデビュー作『やみ窓』に続く、篠たまきの書き下ろし長篇が『人喰観音』。これもまた影の領域に永遠に棲息(せいそく)することを宿命づけられた、愛らしくもおぞましい「スイ」と呼ばれる女妖と、彼女に魅了される老若男女が形づくる「仄(ほの)かな桃源郷」の物語だ。幽玄で官能的な文体に酔わされる。=朝日新聞2018年12月9日掲載