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シンプルなアイデアでも怖くできる 映画「来る」原作者・澤村伊智さんインタビュー

文:朝宮運河 写真:有村蓮

中島哲也監督には「怖くて面白い映画に」とだけ伝えた

――映画『来る』が公開されましたね。原作者としてのご感想は?

 最高ですね。原作を尊重して作っていただいたという意味でも、非常に感激しました。原作をそのまま映画にするのは難しいと思っていましたし、きっと主人公の夫婦関係を軸にした人間ドラマになるんだろうな、と半ば割り切っていたんです。「お化けは全部妄想でした」みたいな。ところが冒頭からがんがんお化けが出てくるし、映像も音も怖がらせる気満々だし、「高を括って済みませんでした!」とスタッフの皆さんに謝りたい気持ちです。

――ある一家が得体の知れない化け物に襲われる、という原作のストーリーがしっかり再現されていましたが、澤村さんは映画にどの程度関わっているんですか?

 完全にお任せです。一応シナリオは読ませていただきましたが、映画に関しては素人に過ぎないわけですし、監督にお任せした方が絶対いいものになると思ったので。「怖くて面白い映画にしてください」とだけお伝えしましたね。

――まさにそんな映画でしたよね。映画オリジナルのクライマックスについては、どうお感じになりました?

 素晴らしいと思います。原作のクライマックスは視覚的にやや地味なので、そこをうまくカバーしていただいたなと。全国から霊能者が集まってきて、一斉にお祓いを始めるシークエンスは、中島監督の娯楽メソッドが炸裂していましたよね。

居酒屋での作品講評遊びから賞に応募

――原作『ぼぎわんが、来る』は2015年刊行の澤村さんのデビュー作です。そもそもこの小説を、日本ホラー小説大賞に投稿された経緯とは?

 以前友人達と小説を書いて見せ合う、という地味な遊びをしていたことがありまして(笑)、『ぼぎわん』もそれに向けて書いた作品でした。初めて書いた長編だったんですが、まあまあ仲間内の評判がよくて、せっかくだから賞に応募してみようと思ったんです。

――当時のことは『恐怖小説キリカ』(講談社)という長編にもお書きになっていますね。

 はい。まさにあのままの雰囲気で、定期的に居酒屋に集まっては、お互いの作品を講評するという会でした。別にプロを目指していたわけではなく、純粋に楽しみのためだったんですけど。

――その作品で見事、第22回日本ホラー小説大賞を受賞されます。綾辻行人、貴志祐介、宮部みゆきの3選考委員も大絶賛でした。

 それまでは友人にしか読ませたことがなかったので、自分の作品がどう評価されるか予想もできませんでした。大賞受賞の連絡をいただいた時は、ちょっと信じられなかったです。

――『ぼぎわん』を初めて読んだ日のことは私もよく覚えています。シンプルな設定でここまで怖い小説が書けるのか、と驚きました。

 僕の小説は基本的に子どもでも思いつくようなアイデアが中心なんです。『ぼぎわん』の場合は「家族がお化けに襲われたら」ですし、長編第2作の『ずうのめ人形』は「都市伝説を読んで呪われたら」。凝ったアイデアを使ったからといって、その小説が怖くなるわけではないし、シンプルなアイデアでも書きようによっては怖くできる。そこはデビュー当時から意識していたことです。

――姿の見えないぼぎわんが、少しずつ主人公一家に近づいてくる。ささやかな怪異描写が積み重ねられてゆく前半の怖さは出色です。

 一連の怪異は、勘違いでも片づけられるレベルのもの。それを重ねることで実話的なリアリティを出してゆきました。ただしぼんやりした仄めかしが続くと、読者もフラストレーションが溜まってくるので、要所要所で直接的な表現もしています。

――たとえば姿の見えない化け物に噛みつかれる、というシーンですね。

 異常さを演出するには、フィジカルに攻撃されるのが分かりやすいと思ったんです。身近な人間がお化けに噛みつかれたら、誰しも信じざるをえないだろうと。口の中に無数の歯が並んでいる、というお化けのビジュアルも、噛みつくという行為から逆算で決まったものですね。

――ぼぎわんは土俗的な背景を持つ化け物ですが、日本の妖怪や幽霊とはややテイストが異なりますよね。どちらかというと、外国のホラー映画のモンスターに近い気も。

 ああ、そういう面はあると思います。『エルム街の悪夢』や『バタリアン』といったホラー映画の洗礼を受けた世代ですし、英米の怪奇小説も大好き。どうしたって影響は出てしまいます。そこを無視して、日本人ならぼんやりした和の恐怖を表現するべき、というのは逆に嘘くさいと感じてしまうんですね(笑)。

――物語は会社員の田原秀樹、その妻の香奈、オカルトライターの野崎昆と、3つの視点から語られてゆきます。章が変わるごとに事象の見え方が変わってくる、という構成はミステリとしても秀逸です。

 3部構成にしたのは、技術的な問題が大きかったんですよ。長い作品を書ききる自信がなかったので、書けそうなサイズまで小分けしたんです。それをただ並べるよりは、前のパートをひっくり返していく形が面白いだろうなと。小説を書く会にミステリ好きのメンバーがいたので、多少その人の趣味に寄せたところもあったかもしれません。

――夫の秀樹と妻の香奈では、見ている景色がまったく違う。読者はそこに気づいてぞっととさせられる。家族のあり方を問い直す、現代的なテーマの作品です。

 その部分はあまり重要視していないんです。一般論として、もちろん家族には優しくするべきですが(笑)、わざわざそれを作品で訴えるつもりはありません。登場人物の誰かが、自分の分身というわけでもない。作者の主義主張を押しつけるのは、娯楽小説で一番やってはいけないことだと個人的には思っています。怖い話を書くのが最大の目標だったので、家族の物語として読んでいただくのは正直意外でした。

小学時代から読みふけった怪奇小説

――澤村さんといえば、好きな作家に岡本綺堂を挙げるなど、ホラー・怪談の通としても知られています。そもそもホラーとの出会いは?

 この手のものに目覚めたのは小学3年生ですね。学級文庫にあった『恐怖の怨霊大百科』というオカルト本を読んだのがきっかけで、怪奇現象を扱った児童書を読みあさるようになりました。中でも強く印象に残っているのは、佐藤有文さんの『絵ときこわい話 怪奇ミステリー』という本。世界の怪奇現象を紹介した児童書ですが、巻末に英米怪奇小説のダイジェストが載っていたんですよ。アダムスの「テーブルを前にした死骸」とか、マリアットの「人狼」とか、名作と言われるものばかりです。もちろん子ども向けの抄訳ですが、それが非常に面白かった。

――我々が子どもの頃の1980年代は、心霊写真やUFOを扱った児童書がたくさん出ていましたね。

 ブームでしたよね。当初は書かれていることを全部信じていたんですが、そのうちに嘘も混じっているな、と気づき始めるんです。たとえば同じUFOの写真なのに、本によって説明文が全く違っていたり。不真面目な大人が作っている場合もあるんだな、と子供心に気がついた(笑)。そういう作り手の雑さも含めて、あの手の本を楽しんでいた気がします。

――実話かどうかにこだわらず、表現を楽しんでいたと。非常に澤村さんらしいエピソードです。

 ちょっと話はずれますが、ホラーを書いていると「でも僕は幽霊を信じていないんですよ」と説明しなきゃいけない状況が多々あって、非常にもやもやするんですよ。ゴジラ好きが集まっても、決してゴジラが実在するかという話にはならないのに、ホラーだとなぜか信じる信じないというレベルの話になってしまう。

――幽霊を書いているからといって、幽霊を信じているわけではない。当然ですよね。

 なかなかそのコンセンサスが得られなくて、どうしたものかなと思っています。あまりお説教めいたことは言いたくないんですけどね。

――その後はどんな本を読まれてきたのでしょうか。

 中学高校の頃は海外のホラーをたくさん読みました。中学でスティーヴン・キングに出会って、文章がまどろっこしいのですぐにディーン・クーンツに転向して(笑)。クーンツのホラーはハリウッド映画的で分かりやすいんですよね。それからクトゥルー神話の存在を知り、ラヴクラフトやその周辺の作家を一通り読んだ、という流れです。

――ホラーファンの王道を歩んできた、という感じですね。

 いや、そうでもないですよ。本格ミステリやサイコサスペンスも大好きですし、ホラーだけを読んできたというわけじゃありません。

――10月に刊行された最新刊『などらきの首』(角川ホラー文庫)は初の短編集。『ぼぎわん』のキャラも再登場するスピンオフ的な一冊ですが、各編ともホラーとしてのクオリティが高いですね。

 ちょっとした思いつきでも形にできるのが、短編の楽しさですね。居酒屋での会話が延々続く「居酒屋脳髄談義」のようなアイデアは、なかなか長編化できないですから。どの作品も自分になりに新しいことにチャレンジしています。表題作「などらきの首」では、ミステリとホラーの新しい混ぜ方に成功したんじゃないかと自負しています。

次回作は横溝ばりの「孤島もの」

――澤村さんの登場以降、ホラー小説が活気づいているように感じます。今後もホラーを中心に執筆されてゆくのでしょうか?

 ホラーしか書かないと宣言するつもりは一切ありませんが、やはり怖い話は書きたいですね。次回作はノンシリーズの長編で、横溝正史の『獄門島』のような孤島ものになる予定です。現在執筆中ですが、手をつけてみたらすごく大変で……、苦しんでいるところです。2019年の前半にはお届けできると思いますので、こちらも読んでいただけると嬉しいです。