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担当編集者に聞く クリントン元アメリカ大統領が書いた話題のミステリー小説『大統領失踪』

撮影:山本哲也

 元アメリカ大統領のビル・クリントンが小説を書いた?その話を聞いたとき、「政治家にそんな面白い小説が書けるのか?」と、正直、思いました。でも話題性は十分ということで版権を取得したのですが、本国アメリカで発売されるやいなや100万部超え、絶賛の声ばかりで安心しました。その後、原書を読んだときは、想像以上に面白く、クリントンさんを疑った自分を恥じました。国家を崩壊の危機に陥れるサイバーテロ攻撃や民主主義の問題、マスコミとの関係、大統領の仕事の実情が、絶妙なバランスで描かれた一級のミステリー小説だったからです。クリントン自体も大のミステリーファン。そして共著者は世界的ベストセラー作家のジェイムズ・パタースンですから、本国のアマゾンで5つ星評価が3000近くあるのも頷けました。

 アメリカは、インターネット大国として強い基盤を持っているイメージをもたれがちですが、実はサイバーテロに対して脆弱な国です。実際、2016年の大統領選では、ロシアのハッカー集団がトランプの対立候補のヒラリー・クリントンの選挙活動を、サイバー攻撃で妨害したことがのちに明るみに出ました。もっと遡れば、米軍に対するサイバー攻撃がはじまったのは、クリントンが大統領だった時代からなのです。そういった現役時代や妻の選挙戦での苦い実体験が、本書のいたるところに反映されているのも興味深いです。

 元大統領でなければ書けないシーンは、他にもたくさんあります。たとえば、今まで公にされなかったホワイトハウスの内側。隙あらば寝首を搔こうと企む人間も身近にいるなか、敵と味方の区別がつかず本音を話せる相手がいない孤独感。24時間、警護員に監視されている窮屈さと不自由さ。そんな大変な状況でも、国を守るため重大な決断を下さなければならない主人公の大統領ダンカンに、どんどん感情移入していきました。

 あとがきで訳者の越前敏弥さんも書いていますが、クリントンの経歴と重なる部分も多いダンカンは、彼の理想の自画像なのだと思います。現役時代に果たせなかったことや言えなかったことをダンカンに託しながら、現トランプ政権に対するアンチテーゼの要素も盛り込まれています。スキャンダルを起こして大統領の座を退いたクリントンですが、実は高い志と見識を持った人物なのだなと思える場面も多い。そういう意味では、ミステリーでありながらノンフィクションとしての色も濃く、時事的な読み方ができる作品だと思います。

 サイバーテロは決して他人事ではありません。ハッカーによってすべてのライフラインが止められることも現実に起こりうると、クリントンも明言しています。そういうインターネット社会の危うさに警鐘を鳴らしている本でもあるので、日本の政治家の方々にもぜひ読んでほしいですね。パタースンの作品は、空港の書店で山積みされるほど旅のお供にもうってつけです。お正月休みや海外旅行のフライト中の読書に、この大作を自信を持ってお薦めします。