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【谷原店長のおススメ】いま置かれている環境は、自分で変えていける。シンガーソングライター・大貫妙子さん「私の暮らしかた」

 バブル崩壊から20年が経ち、どう生きていけば良いのかをいまも僕らは見出せていないと感じる時があります。先日、外国の方に「日本ではなぜ暴動が起きないの」と問われました。暴動という行為を肯定する訳ではありませんが、たしかにこの国には自らが声を上げ、主張することのままならぬ、何とも言えない息苦しさ、そんな真綿に首を絞められたような雰囲気が満ちているように思います。

 そんな折、今年上半期に放送された朝の連続テレビ小説「半分、青い。」で夫婦役で共演した原田知世さんが、この大貫妙子さんのエッセイ『私の暮らしかた』を勧めてくれました。年の瀬の谷原書店は、この1冊をご紹介して締め括りたいと思います。

 シンガーソングライター・大貫妙子さん。唯一無二の、透明感のある凛とした歌声が、強い印象を残す歌い手です。この本は、神奈川・葉山でのご自身とご両親との日々、生きること、原発について、音楽との向き合いかた、札幌にも住まいを構えたエピソードなどが盛り込まれています。ページをめくっていくと、まるで大貫さんの息遣いが聞こえてくるよう。大貫さんが暮らす中で感じたこと、想いが伝わってきます。とりわけ「身の丈でできること」という観点を大事にされている。理屈ではなく、「ああ、だから、ああいう歌声を響かせられるんだな」と納得してしまう。まさに声は楽器であり、肉体であり、人格の結晶だと。

 胸を打つのは、かつて特攻隊員だったお父様を記した章、「空蝉の夏」。お父様は、様々な苦難を乗り越え生きて帰ってこられたそうです。特攻隊は、皆が苦労した戦時中においてもとりわけ苦しい立場に置かれた人たち。大貫さんはこう記します。

「近年もたびたび特攻隊を描く映画があるが、そのどれも、本当の特攻がどういうものであったかを描いてはいない」

 僕はこの一文が忘れられません。大貫さんのお父様は、のちに当時の記憶を各方面で語る活動をなさったそうですが、多くの戦争体験者は戦争を語りたがらない。

 じつは、僕の父方の祖父は戦時中、海軍の船長で、フィリピン沖で撃沈し、命からがら岸まで泳いで助かったそうです。その時祖父が亡くなっていたら僕はここにいない。日本中で家系をたどれば、どこかで愛する人が帰ってこなくて悲しい思いをされたかたばかりでしょう。終戦から73年、戦後に生まれた僕らは、戦争が「あった」ことは知っていても、実感はできない。とはいえ、今の平和は何の犠牲もなく生まれたものではない。不幸な出来事の後、皆が一所懸命努力し、今があるんだということを、改めて強く考えさせられました。戦争は終わっても戦後に終わりはない。

 この本の後半では、大貫さんご自身がご両親を(1カ月の内に)見送り、お一人で生きていく過程についても描かれています。執筆を開始された齢がちょうど、いまの僕自身より少し上ぐらい。「こういうことが、僕にもこれから起こるのだろうな」と思います。

 今、僕は仕事も順調で、子を持ち充実しています。人生を季節に例えるならば「秋」の日々を送る僕にとって、これから「冬」に向かう上での、自分の季節感、冬支度について考えさせられました。少し先の未来がこの本に書いてある。「こんな選択肢もあるよ」と大貫さんが示してくれているように感じました。

 「2011年」を境に、本のトーンはガラッと変わります。軽妙さが声を潜め、シリアスになっていく。原発、地球温暖化、環境破壊などの問題にどう対応するのか。市民運動をする、自身が政治家になるなどさまざまな選択肢があるなかで、大貫さんは自分自身の生活を変え、電気をなるべく使わない生活へとシフトチェンジしていきます。何が自分にとって心地よいのかを大事にして。人は、いま置かれた自分の環境はそう簡単には変えられないとどこかで諦めてしまうけれど、そんなことはない。変えられる。大貫さんは自身が「感じる」ことを大事にされていて、「私はこうしたい」「このほうが楽しい」と決めたら、素直に、正直に向き合っていく。その生き方がとても素敵だと思いました。いまに縛られる必要もない。行きたかったらどこにでも行ける。覚悟さえあれば。 

 「親と歩く」という章の冒頭に、携帯のアドレスを見ていたら、今は亡くなってしまった人の名前があった、という一文があります。この文章にも、いろいろ考えさせられます。僕にも、いまだにアドレス帳のなかに残したまま消せない、亡くなった恩人がいる。初舞台の時にお世話になり、その人から紹介の輪が広がって、様々な人が力をくださったおかげで、今の僕がある。その人をいつまでもアドレス帳から消せない気持ち、とても共感できました。アドレスを消したら本当にその方がいなくなってしまいそうで。誰かがいなくなるということは今、この瞬間だって、僕の友人や知人、そして家族にも起こり得ること。日常生活ではあまり考えませんが、意識しなきゃいけない。その人たちがいることのありがたさを。

 大貫さんは、口やかましくお母様を注意したことへの後悔を、お母さまが亡くなられた後の章で綴っています。僕は今、父と一緒に暮らしているのですが、父に対して優しい言葉をかけられているか、望むことを叶えられているのか、自問する時があります。でも、全部できなかったとしても、そのような思いを抱くだけでも、少しは良いのかな。「できなかったこと」ばかり気にしても、仕方ない。それよりも一緒にいてできたことを大事にしたい。

 そして子を持つ親として後世に何をどう残すのか。そして、どういう国であってほしいか。自分の子どもたちに何を伝えるのか。それは僕らに責任がある。どう考え、どう行動して、自分の意見を示していくのか、これからも考え続けていきたいと思います。この本を紹介してくださった知世さんに感謝です。

 この本には、作家・料理研究家の丸元淑生さんのお名前が登場します。大貫さんは丸元さんのファンで、シンプル料理は端から試してみたそうです。早速購入しました。それから装丁の裏表紙の写真は、お庭で猫とたわむれる大貫さん。米国の絵本作家・園芸家ターシャ・テューダーさんを思い起こします。年末の慌ただしい時期ですが、ひと息つきたい時にお二人の本を開いてみようと思います。

(構成・加賀直樹)