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2018年に売れた本 現実を「そんなもの」と片付けず

2018年ベストセラー(17年11月26日~18年11月24日、日販調べ、総合部門)

① 漫画 君たちはどう生きるか(吉野源三郎原作、羽賀翔一画、マガジンハウス)
② 大家さんと僕(矢部太郎、新潮社)
③ ざんねんないきもの事典(今泉忠明監修、下間文恵ほか絵、高橋書店)
④ モデルが秘密にしたがる体幹リセットダイエット(佐久間健一、サンマーク出版)
⑤ 医者が教える食事術 最強の教科書(牧田善二、ダイヤモンド社)
⑥ 続 ざんねんないきもの事典(今泉忠明監修、下間文恵ほか絵、高橋書店)
⑦ 頭に来てもアホとは戦うな!(田村耕太郎、朝日新聞出版)
⑧ ゼロトレ(石村友見、サンマーク出版)
⑨ 君たちはどう生きるか(吉野源三郎、マガジンハウス)
⑩ 信仰の法(大川隆法、幸福の科学出版)
⑪ 新・人間革命(30・上)(池田大作、聖教新聞社)
⑫ 続々 ざんねんないきもの事典(今泉忠明監修、下間文恵ほか絵、高橋書店)
⑬ かがみの孤城(辻村深月、ポプラ社)
⑭ 極上の孤独(下重暁子、幻冬舎新書)
⑮ おらおらでひとりいぐも(若竹千佐子、河出書房新社)
⑯ おしりたんてい みはらしそうの かいじけん(トロル、ポプラ社)
⑰ 日本史の内幕(磯田道史、中公新書)
⑱ 九十歳。何がめでたい(佐藤愛子、小学館)
⑲ おしりたんてい あやうし たんていじむしょ(トロル、ポプラ社)
⑳ 大人の語彙力ノート(齋藤孝、SBクリエイティブ)


 「今年売れた本」を振り返ろうとしても、①③④⑥⑱は昨年の同ランキングにも含まれているし、①の原作⑨や③の続編⑫を含めれば、同じベストセラーがとにかく長い間売れ続ける傾向が年々高まっていることがわかる。売れ筋だけを頭から並べていくような書店に足を運ぶと、目立つ場所に置いてある本のラインナップがちっとも変わらない。売れる本だけが売れる、という、当たり前とも思える定義だが、年間売り上げベストの複数が昨年のそれと変わらないというのは、他の文化産業ではなかなかありえないことである。

老いと孤独と死

 新宿区のはずれにある木造の二階建てに暮らす、高齢の大家さんとの「ほっこり」とした二人暮らしを描いた実話漫画②は、大家さんがふとした時にこぼす記憶に惹きつけられる。「終戦の時十七だった」大家さんは、好みのタイプについて「マッカーサー元帥なんか素敵だったわ」と微笑む。風の強い日に一緒に出かけたうどん屋には、戦前から通っていたという。「ホタルもいたの あの川に」……「家族」ではない二人、告げられる記憶に耳を傾け、共に生きていく。だが、大家さんはこの8月に亡くなられた。著者によれば、大家さんは8月が一番好きだった。理由は「戦争の番組をたくさんやってくれるから」。「大切な人達は戦争に取られたくない」と繰り返し述べていたという。
 「老い」を問い、見つめる本が変わらずに求められている。芥川賞を受賞した⑮は、60代の新人女性作家による、70代の独身女性の語りを記した作品で、「玄冬小説」とも呼ばれた。自らの老いと向き合う語りが、目の前に広がる自由を少しずつ探し当てていく。何より、自分の人生を自分で抱きとめる姿が印象に残る。本書についても言及される⑭が新書部門の1位となり、他にも、眉村卓『妻に捧げた1778話』、五木寛之『孤独のすすめ』など、老いや死、孤独を綴る新書のヒットが目立った。

要約したくない

 2018年は、国を動かす人たちが繰り返しウソをつき、国民やメディアからの問いかけに答えずにはぐらかし、やがて世間が忘れてくれるのを待つ、という姿を何度も見た。私たちが、政治家や官僚の様子を見て、そういうもんでしょ、隠し事くらいあるでしょ、と善悪に鈍感になるのは、実質的に彼らの悪事に加担したに等しい。
 ビジネス書売り場には⑦や堀江貴文・西野亮廣『バカとつき合うな』といった強いタイトルが並んだ。そもそも他人をアホだバカだと規定することを躊躇(ためら)うが、⑦を開くと「物事を判断するときに善悪を最上位に置いている人」こそ「アホと戦う可能性がある人物」らしい。「現実は汚く見えるものだが、そんなものに嫌悪を示すより、自分の目的に集中して、そこで結果を出すことに専念したほうがいい」とある。そうだろうか。汚く見える現実を「そんなもの」と片付けずに食らいついていく本に今年もたくさん救われた。アホだと言われようが、読書の醍醐味はそこにあると思う。
 「LGBTのカップルは生産性がない」との旨を記した自民党・杉田水脈衆議院議員による寄稿を掲載した『新潮45』が、その杉田の主張を追認する特集を組んだことを受けて批判が殺到、休刊する事態に陥った。
 杉田は「誤解とか論争を招いたことは大変重く受けとめている」としつつも、発言の撤回はしないまま。その文章に追随するように差別的見解を記した書き手の中には、自分の論旨を理解しようとしない受け手の姿勢を罵りながら、言論空間の閉鎖性を指摘し続ける者もいた。掲載した新潮社も含め、それは「言論の自由」を履き違えているように思えた。
 例年通り、この1冊を読めば結果が出る、という作りの本が目立つ。『1分で話せ』というビジネス書もベストセラーになったが、そう簡単に要約できない、丁寧に積み上げられていく言葉に目を向けていきたい。=朝日新聞2018年12月29日掲載