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ゆがみから物語が始まる 辻原登さん短編集「不意撃ち」

辻原登さん

偶然と必然 運命の悪意

 作家、辻原登さんの『不意撃ち』(河出書房新社)は人生のままならなさをすくいとる短編集だ。2015年から今秋にかけて複数の文芸誌に発表した作品は、どれも登場人物が不意打ちをくらう。もちろん読者も、作家の不意打ちから逃れられない。
 風俗店で働くドライバーの男が、姿を消した風俗嬢を追って江戸期に遊女たちがいた島にたどり着く「渡鹿野(わたかの)」。定年を迎えた男が妻や娘に内緒であこがれの“独り暮らし”を始める「月も隈(くま)なきは」。「どこかにねじれやゆがみがあると、そこから物語が始まる」
 現実に起きた事件を起点に、死んだ級友の代わりに中学時代の暴力教師を訪問する「いかなる因果にて」。冒頭で取り上げたのは08年に起きた元厚生事務次官宅連続襲撃事件だ。34年前に飼い犬が野犬狩りに遭い、殺処分された出来事の報復だという動機に驚いた。「ゆがみというか、次元がまったく違う。こういうものに直面したとき、物語化して理解したいという気持ちになる。人間が言葉を獲得して以降、ずっとそうだっただろう」
 神戸の震災ボランティアで知り合った男女が、テレビで津波の映像を見て「出番が来たんちがう?」と東北の被災地に向かう「仮面」については「あの震災で、まだ悪が描かれていないと思った。悪と善はどんな場面でも必ず混在する。その中からしか尊いものは生まれてこない。短い作品ですが、覚悟を決めてやりました」。
 「運命の悪意による不意打ち」に、登場人物はおびえている。「僕らが生まれてくるのは偶然。でも死ぬことは必然です。偶然と必然の間を我々は生きていく。偶然に生まれ、最後の必然をどう受け止めるか。受け入れることができたとき、人は自由を獲得する。小説は、それを描くもの。今回の作品集にはそこが色濃く出ていると思う」(中村真理子)=朝日新聞2018年12月26日掲載