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#03 新春を寿ぐ上生菓子と、秘めたメッセージをのせた辻占 坂木司さん「和菓子のアン」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
最後に残した「未開紅」は、梅のイメージ通りに一番外は紅色。そしてその中に、白と黄色の生地が包み込まれていた。そっと切ると、何かが中からとろりと流れ出す。(中略)こぼさないよう、そっと口に運ぶと今度は違う驚きが舌の上で広がった。まず外側は、普通の練り切り。次に来るのが梅酒を練り込んだような甘酸っぱい練り切り。そして最後に流れてすべてを包み込むのは、蜂蜜の甘い香り。 (「和菓子のアン」より)

 これは、作中に登場する1月の上生菓子「未開紅(みかいこう)」を主人公の梅本杏子(通称:アンちゃん)が味わった時の描写です。高校を卒業後、特に進路が決まっていなかったアンちゃんは、デパ地下の和菓子店「みつ屋」で働き始めます。個性的な店長や同僚に囲まれ、つまずいたり悩んだりしながらも成長していくお話です。

 「未開紅」は「みつ屋」で一緒に働く和菓子職人志望の立花さん(乙女系男子)の師匠が、梅の花が開く前の蕾の意匠を、大人になりかけている少女をイメージして作った和菓子です。

 アンちゃんは販売の仕事や人々との交流を通して、歴史と遊び心に満ちた和菓子の奥深い魅力に目覚めていきます。かく言う私も、アンちゃんと同じように「この和菓子に隠された背景や文化をもっと知りたい!」と和菓子の奥深い世界にハマった一人。

 作品に登場するお菓子の中でも、今回は「お正月にちなんだ和菓子」について著者の坂木司さんにお話を伺いました。

和菓子偏差値が低かった分、調べるほどに感動があった

――作中には「紫陽花」や「柚子香」など季節ごとの生菓子が登場しますが、それぞれの姿形や味はご自身で考えられたのですか?

 基本的に味や食感は、私が「こういうのが食べたい!」と思って書いています。アンちゃんの働く「みつ屋」では、毎回3種類の上生菓子を出していて、そのうちの1つは既存のもの、あとの2種類は既存のものを何となくアレンジしています。実は元々洋菓子好きで、和菓子を食べ始めたのは、ほぼ近年と言ってもいいくらいなんですよ。この作品を書くにあたっては、まず「デパ地下」という舞台ありきで、次に和菓子屋さんを書くと決めてから初めて和菓子を意識するようになったんです。和菓子偏差値が低い分、調べていくうちに知る感動がたくさんあって。主人公のアンちゃんも和菓子を食べるのは好きだけど、菓銘の意味や歴史・文化的背景を知らなかったから、その点は一緒なんです。なので、私がすごいと感じたことはきっと読者の皆さんにも共感してもらえるのではと思いました。

――「何かが中からとろりと流れ出す」という未開紅が特に美味しそうで気になりました。

 梅の花は迎春菓子のモチーフによく使われますが、ある資料に載っていた「未開紅」が本当にきれいだったんですよ。その意匠も梅の花が開く前の赤さだということを知って「なんてセクシーなんだろう」と思ったんです。最後に蜂蜜、というのも「セクシー」に重点を置いたら“蜜がとろ~ん”というのが頭に浮かびました。ただ、実際に液状のものが練り切りの中に入るというのは、熟練の職人さんでも「それは難しい」と言われるほど大変なことだそうで、本当の未開紅には蜂蜜なんて入っていないんです。

――実際に作る方にとっては大変な和菓子なんですね(笑)。そして「辻占」は、江戸時代から吉凶を書いた紙を中に入れて売っていたという記録があるほど、日本に古くからあるお菓子ですよね。物語の中では、遠距離恋愛中の彼が彼女にあてた暗号メッセージを辻占に忍ばせます。お菓子を使ってメッセージを伝えるなんて、中々粋なことするなぁと思いました!

 そのメッセージ自体、本当は分からなくてもいいし、「伝わればラッキー」くらいの気持ちという感じもあります。よく「プレゼントを選ぶときはその人のことを考えている時間」と言いますが、そのメッセージが謎であれば、より自分のことを考えてもらう時間が増えることになりますからね。

――続編の『アンと青春』では「相手のいいところを尊重し受け入れたり、アレンジしたりするのが日本文化の良さ」と書かれていますが、ひいては和菓子のいいところにもつながります。その他に坂木さんが思う「和菓子のいいところ」は何でしょうか?

 以前胃腸が弱った時に、上生菓子は食べられたんですよ。口あたりがさらっとしていて、お腹にも優しかった。上生菓子は主成分が小豆ですから、油脂が少ない上にタンパク質や繊維を摂ることができていいなと思いました。

――確かに! ちょっと贅沢かもしれないですが、今度試してみます。

 あとは何といってもこの作品のテーマでもある「物語性」です。その菓子が成立するにあたって、どんな物語が背景にあるのかを知るのが楽しいところです。菓銘の由来や背景を知って一番すごいと思ったのは「嵯峨野」ですね。「ススキ」で秋の京都までは想像力も働きますけど、さらに『源氏物語』の登場人物で嵯峨野にゆかりのある六条御息所の話にまでイメージが広がって「ススキから源氏物語ですか~!」と(笑)。この他にも和菓子には様々な物語があるので、出来れば実際に作品を読むときに一緒に召しあがっていただけると、より楽しいかなと思います。