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朝日新聞書評委員の「今年の3点」① 柄谷行人さん、齋藤純一さん、斎藤美奈子さん、佐伯一麦さん、椹木野衣さん

柄谷行人(哲学者)

  1. 歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史(ジャレド・ダイアモンドら編著、小坂恵理訳、慶応義塾大学出版会・3024円)
  2. ラテンアメリカ五〇〇年 歴史のトルソー(清水透著、岩波現代文庫・1296円)
  3. 中井久夫集6 1996-1998 いじめの政治学(中井久夫著、みすず書房・3672円)

 ①「歴史は実験できるのか」という場合、実験とは、多くの面で似ているが、その一部が異なるような複数のシステムを比較して、その差異がもたらした歴史を見ることを意味する。たとえば、太平洋のポリネシアの島々を比較して、国家形成の過程と原因を探ること。その点で、②『ラテンアメリカ五〇〇年』も「実験」だといえる。著者は40年におよぶ定点観測にもとづいて、ラテンアメリカの歴史と構造を示した。③「いじめの政治学」は精神医学者によって書かれたが、著者によれば、いじめは他人を隷従化するものであり、したがって「政治学」の問題である。いじめは、三つの段階を通して完成するのだが、これを見るためには、多くのケースの比較考察が不可欠だ。その意味で、本書は実験である。

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齋藤純一(早稲田大学教授)

  1. 語る歴史、聞く歴史 オーラル・ヒストリーの現場から(大門正克著、岩波新書・929円)
  2. 評伝 田中一村(大矢鞆音著、生活の友社・4860円)
  3. 〈効果的な利他主義〉宣言! 慈善活動への科学的アプローチ(ウィリアム・マッカスキル著、千葉敏生訳、みずす書房・3240円)

 書評では取り上げられなかったが印象に残ったものから。①は、聞き手が聞きたいことを引きだすのとは違った聞くことの経験とその歴史を大切なものとして描く。そのようにしてようやく理解が及ぶ事柄があることを、農村の女性などの語りから明らかにする。②の探究は、姉との関係、湿潤の奄美の風土、当地での支援者との交わりや散歩のルートなど細部に及ぶ。「隈(くま)から」遠望する構図を一村に採らせたものは何だったのか。③は、フェアトレイド商品の上乗せ分のうち現地の生産者に届くのはごくわずか、自然災害にはかなりの募金が集まるのに慢性的な困窮にはそうではないといった事実を実証し、対症療法とはいえ世界の貧困により実効的に対応できる手立てを示す。

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斎藤美奈子(文芸評論家)

  1. 太平洋の精神史(小野俊太郎著、彩流社・2160円)
  2. トラ学のすすめ(関啓子著、三冬社・1944円)
  3. 自衛隊の存在をどう受けとめるか(末延隆成ら編著、現代人文社・1944円)

 『ガリヴァー旅行記』にはじまり『白鯨』『海底二万里』『十五少年漂流記』など、多数の物語の舞台となった太平洋。①は日米の小説や映画を中心にした海と島の文化論。松田聖子のヒット曲まで登場する。
 日本にトラはいないのになぜか、日本人はトラが好き。②はロシア極東に500頭、飼育下の個体を入れても世界に1000頭しか残っていないアムールトラに魅せられた著者による入門書。日ロの文化の話も保護の話も興味津々。
 ③は安保法制に反対した元陸上自衛官・末延氏の証言を軸に、机上の空論にすぎない現政権の「自衛隊明記論」を批判した本。知られざる自衛隊の実態と、それに即した憲法9条堅持論はきわめて説得力に富む。
 以上、書評できなかった3冊でした。

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佐伯一麦(作家)

  1. 地球にちりばめられて(多和田葉子著、講談社・1836円)
  2. 草薙の剣(橋本治著、新潮社・1836円)
  3. 飛ぶ孔雀(山尾悠子著、文芸春秋・2160円)

 書評した以外の本から。①言葉の魅力をずっと追求してきた作者が、世界的な言語の状況を予見的に描いた本書は、言語が分断を生みもすれば、他者の言葉への関心が異国の人々を結び付けることも示唆する。現在見つけにくくなっている未来の明るさが、微(かす)かに光っているのも貴重。②生まれ育った時代と土地柄によって作られる一見通俗的と見える人物たちが不思議な魅力を湛えているのは、作者の歴史の捉まえ方が独自かつ適切だからであり、俗に通じた作者にしか生み出せない小説世界を堪能。③よく突き詰められ洗練された言葉が、次々と幻想的なイメージを喚起させていく様に目を瞠(みは)らされた。作者固有の奔放な想像力が、震災と原発事故によって、一気に奔出したようにも感じられた。

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椹木野衣(美術評論家)

  1. 時のかたち 事物の歴史をめぐって(ジョージ・クブラー著、中谷礼仁・田中伸幸訳、鹿島出版会・2592円)
  2. 風の演劇 評伝別役実(内田洋一著、白水社・4536円)
  3. 重松日記(重松静馬著、筑摩書房・2808円)

 諸般の事情で書評の機を逸した三冊。近年、哲学の世界で人新世や思弁的実在論を巡る議論が盛んだが、①は今読んでもそれらを凌駕する。1962年に世に出るもようやく訳出。従来の美術史から物と時の関係を根本から刷新。「芸術史のコペルニクス的転回」の帯文に偽りなし。②は戯曲家、別役実が描き出す荒涼とした劇風景に満洲の原野を透かし見る決定的評伝=評論。膨大な量の聞き取りは別役による時代の告白でもあり私小説的な影も感じさせ単なる作家論を超えた響きを持つ。③は井伏鱒二『黒い雨』の原資料となった広島での被爆日記。井伏の生誕120年を記念し17年ぶりの増刷。創作では得られない記述は異様な迫力を持つ。核の脅威が再び身に迫る今こそ読むに値する。

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