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滝沢カレンの「コンビニ人間」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

私はさやか。
34歳の独身OLだ。

これは私の10年前くらいの話。
私は小さい時から一人っ子で、特に前へ前へな人間でもなかったためか、これといった友達はずっといない。
コミュニケーションを取るのはずっと苦手だ。
小中高大、なんの陰も出さずにただただ平凡に生活していた。
目立ってもなければ、いじめられるような存在にすらならなかった私は、いつだって人間の平均だった。

そんな私も23歳の時に、東京に上京して、一人暮らしを始めた。
母はものすごく心配していたが、私はなんの苦労も味わったことがなかったので、父は一人暮らしには賛成だった。

父はいつも「さやか、お前は恵まれて生きてきた。世界は広いぞぉ。怖がらずにいつも冷静でいなさい」と言ってきていた。
たしかに私は、怖い物知らずというか、危険な体験もなく常に親に守られていた。
自分でも私は世間知らずだと思っていた。

そんな3月のまだまだコートが親友でいたいスッキリと晴ればんだ朝のことだった。
私は親の見送りと共に故郷を離れた。
昨夜は雨が降ったのだろうか。
地面はジワっと濡れていた。

母に根強く渡されたのは、具が彩り入ったパレットのようなお弁当に、数日は持つであろう、母が作り置きして渡してくれた冷凍タッパーだった。
私は23歳になってもちろん料理も洗濯も掃除もできないのだから、そりゃ心配されるだろうと、自分で感じていた。

日暮れとともに、私は東京・品川に着いた。
私の家は品川から30分ほど電車にのり少し奥まった地域だった。
私の目には見たことのない、光、人々の跳ね上がる会話、きらびやかな服装に瞬きすら惜しく感じる時間だった。
初めて見る光景に思わず口を閉め忘れ、家についたときにはカラカラの喉が待っていた。
東京についたら、電話をちょうだいと言われていた母への電話はもちろん忘れていた。

部屋に着き、本当の1人を知った。
父が先に引っ越しをしにきてくれていたので、家具などは全て揃っており、私はまたなんの苦労もしないで、サラッと東京生活が始まるのだった。
明らかに違うのは、私は一人だということ。

テレビをつけなきゃ、全くの無音であり、母の声や、新聞を広げる父の音もない。
急に寂しさを私は知った。
テレビをつけ、蛇口をひねり、とにかく音になるものは全て出してみた。
なんの感情も持たない音が静かな1DKにひたすら流れる。

私は家を出た。
1人での家は留守番すらまともにしてこなかった私からしたら、洞窟に閉じ込められたような気分だった。

町は夜だというのに、キラキラしていた。
ご飯屋さんから漏れてくる声に、私は安らいだ。
トボトボ歩いていると、噂では聞いていたが入ったことはほとんどない東京の「コンビニ」があった。
どこよりも明るい電気を使い、コンビニ内に入れば時間を忘れるような明るさだった。

私はずっと入ってみたかったコンビニに思わず入った。
自動ドアと共に、家のインターホンのようなメロディが流れる。
夜空とは正反対な色合いが、目の奥を刺激した。

私は初めてのコンビニに、内心ひどく興奮していた。
日用品に、お化粧品、そして雑誌もたくさんあった。
お弁当売り場に、菓子売り場、カップ類売り場と初めて遊園地に行った感覚と同じ感覚だった。
ワクワクは止まらない。
カラフルに施されたパッケージは私の女ゴコロをくすぐった。

私は、無心でいくつか商品を選び買って帰った。
帰って机に広げてみた。
コンビニは私が今まで知らなかったことを、一気に教えてくれるような気がした。

絵:岡田千晶
絵:岡田千晶

それから私はコンビニに毎日毎日顔を出すようになった。
特に買うものなんてないはずなのに、毎日必ず帰りに寄ってコンビニで社会科見学をするのであった。
そのうち私は、コンビニの一番品揃えがいい時間、一番品薄な時間などを把握するようになった。

人が一番増える昼前は特に私の大好きな時間だった。
お昼の時間になると、どこからでてきたんだという程の人間たちがコンビニに殺到するのだった。
あんなに山積みになっていたお弁当やカップ類売り場は、1時間くらいで、また貧相な棚になってしまう。
私はその風のように去る人間とコンビニ弁当に目が離せなかった。
そんな内気な私は毎日コンビニを見に来る変な人間だと自分でもわかっていたが、やめられなかった。

そんな生活を続け、秋になろうと季節が変わり始めた、ある日だった。
いつものコンビニに、見知らぬおばさんがレジに入っていた。
私は毎日コンビニに通っていたので、バイトや社員さん、全て把握はしていたが、新しく入ったのだろうか? 60代半か後半のおばさんがいた。

いつものように、私はコンビニ弁当を買いにレジに並んだ。
私の大好きなコンビニ弁当は、中華あんかけ焼きそばだった。
レジに来ると、そのおばさんは明るい笑顔と明るい声で、「はい、いらっしゃいませ」と私の目を見て微笑んでくれた。

私はドキッとした。
今までコンビニで驚いたことといえば、目も合わさずマニュアル通りのような対応だった。
マニュアルもこんな無愛想にしろとは書いていないはずだと思うほど。
私も愛想なしで生きてきた数十年だったので、人のことは言えないが、こんなにあっさりと買い物ができる魅力にすら私は感じていたので、このおばさんとの出会いは私にとって初めて刺激的な人物だった。

おばさんは、それからほとんど毎日いた。
私が毎日通っているのだから、間違いはない。
私は、お弁当が棚から風のように売れていく感じや、人間たちの無の感情でレジに持っていき買い物する姿に夢中になっていたため、正直このおばさんが入ってきたところで私の魅力としていたところはブレていた。

だが、この見知らぬ私に母のような笑顔で毎日目を見て声をかけてくれるおばさんにいつしか夢中になっていた。
私は会話の時もとくに笑うといった事はなかったが、おばさんが毎日「今日もお仕事頑張ってくださいね」や「今日は寒いから風邪ひかないようにね」などと違った文面で話しかけてくれることに、自然と笑顔な自分がいた。
鏡でその顔を見たわけではないが、自分がフワッとした感情になったことを私は分かった。

そんなある日のこと、帰り道にまたコンビニに行こうと今にもスキップしそうな足取りで歩いていると、コンビニから出てきたのは、おばさんだった。
あれ? 今日は上がりが早いなぁと思い、おばさんに近付くと、「あら、お仕事終わったの? お疲れ様」といつものように笑顔で話しかけてくれた。

「はい、終わりました。おばさんも今日は終わりですか?」と尋ねると「そうなの。今日はお父さんがちょっと具合が良くなくてね、早く帰ってあげたいのよ」と少し心配そうな顔で地面を見ていた。
「そうなんですね。心配です。お大事に」
「ありがとう」
そう言ってその日は別れた。

それから、数日おばさんの姿をコンビニで見かけなくなった。
私はおばさんが心配になり、コンビニの店員さんに訳を話して連絡先を教えてもらった。
私はそんな自分にも驚いた。
私は今まで誰かの連絡先を自分から聞くなんてあっただろうか??
こんなに積極的な自分が怖かった。

そして、ダメ元でおばさんの連絡先に電話してみると、いつもの声でおばさんは電話に出た。
「はい、もしもし」
私は安心した。
いつもの優しい声で、一言でおばさんだと分かった。
「もしもし。コンビニに通っているさやかです。おばさん最近全然来ないから心配で。大丈夫ですか?」

さやかはこんな性格ではなかった為、自分の人への思いやりに驚いた。
「あらぁ。さやかちゃん。わざわざ電話くれたのねぇ。ありがとう。あれからお父さんの具合がずっと悪くてねぇ。今はまだコンビニに出てないの」
私は、おばさんの不安げな感情を声から察した。
いてもたってもいられなくなり、おばさんに家の場所を教えてもらい行くことにした。

おばさんのおうちは、小さな小さな一軒家だった。
私が着くと、おばさんは実家に帰ってきた娘のように良くしてくれた。
私はおばさんを助けたくて来たというのに・・・・・・私はおばさんに今日も温もりをもらった。
おばさんから、旦那さんの事情を聞いた私は、おばさんの近くに居たいと思ったのだった。

20年以上生きてきてこんな人の為に何かしたいと思っただろうか。
コンビニで最初に感じたあの冷ややかで機械的な毎日に人間の魅力を感じた私だったが、今ではそのコンビニから温もりある関係を気付かせてくれたのだった。

それから私は毎日おばさんとおばさんの旦那さんのために通った。
おばさんの旦那さんの体調も良くなり、おばさんもコンビニへと復帰した。
そんな時、私はなぜコンビニで働くようになったかを聞いてみた。

「コンビニは一番笑顔の集まる場所なのよ。私にとってはね。 私が生まれた時はまだコンビニなんてなかった。だからコンビニが出来たときはそれはそれはみんな喜んだのよ。
私はずっと町にあるコンビニは当時の家族の笑顔がおもいだされるのよ。だからずっと夢だったの。いつかコンビニで働いて、あの時のキラキラした笑顔が見たいなって」

おばさんは私と全く反対の気持ちだったんだ。
コンビニのスタートの感情は違ったけれど、私にとっておばさんは東京での救いだった。
おばさんに出会えて、初めて人を思いやるそして、人との接し方を知ったのだ。

さやかは大きく成長した自分に気付いたのだ。
コンビニを通して、東京でのある自分と初めて出会うことができたさやかだった。
その横で、おばさんは今日も笑って居た。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 主人公は36歳の未婚女性、恵子。正規の就職をしないまま、大学時代からコンビニのアルバイトを続けています。小さいころからコミュニケーション力が低く、恋愛経験もなし。それでもコンビニのマニュアルよろしく、周りの人の所作ふるまいを「まねる」ことで、なんとか社会を渡ってきました。しかし、年齢を重ねるにつけ、独身・非正規雇用の女性への世間の目が厳しくなり……彼女はあるとき、問題を起こしてバイトを辞めた元同僚の男と奇妙な同棲生活を始め、就活に臨むことになるのです。

 中年にさしかかった現代女性の生きづらさを、そこはかとないユーモアに包んで描いて、2016年に芥川賞を受賞。昨年、単行本と文庫を併せて100万部を突破しました。さて、恵子は「普通」の人間になれたのでしょうか。意外と、カレンさん版の「おばさん」は、恵子の将来の姿なのかもしれません。