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大学生がススメる「やっぱり東野圭吾」本

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「ラプラスの魔女」(東野圭吾、角川文庫)

 「東野圭吾」。本好きかどうかに関わらず、誰しもが耳にしたことがある名前ではないだろうか。彼の作品の多くが映画化されており、人気がある作家である。

 元々、東野圭吾氏はエンジニアだったことから、ミステリー作家の中でも特に科学を用いた作品や密室などのトリックを得意とする作家である。それは彼の名前を世に広めることになった『ガリレオシリーズ』を始め『ブルータスの心臓』やデビュー作である『放課後』からわかるだろう。科学と聞くと気後れする人も多いかもしれないが、その分野の知識が少ない人にもわかりやすく描かれている。又、単なる謎を解くだけのミステリーではなく、殺害動機等にも趣向が凝らされている。涙なしでは読めない作品も多数存在する。『ナミヤ雑貨店の奇蹟』や『手紙』などがその代表だろう。さらに脳死や死刑についてなどの社会問題に焦点を当てた作品もある。『人魚の眠る家』や『虚ろな十字架』などである。それら数ある作品の中で東野圭吾氏の集大成と言える作品がある。それが『ラプラスの魔女』だ。科学を用いたトリックに胸をえぐられるような動機。展開の速さと面白さの中に考えさせられることがちりばめられている。

 遠く離れた二ヶ所の温泉地で硫化水素による死亡が相次いだ。地球科学を専門とする教授の青江が謎の若い女性円華と出会い、難解な事件に立ち向かうという話である。事故なのか殺人なのか。事故であるという立証もできなければ、殺人とも考えにくい二つの事件、ただ共通して言えるのは気象による自然現象だが、過去のデータを見比べてみても、その場所で起こる現象とは考えられない。依頼を受けた青江は頭を抱えることになる。しかし、おこりえないことというのはただの先入観であると気づく。原因のない結果はないのだ。

 物語は少しずつ伏線を張りヒントを与え、私達読者に考えさせる。様々な個性の強いキャラクターが次々と登場し、それぞれの登場場面が同時進行で進んでいくため、飽きない上に登場人物と一緒に謎を考えることができ、読む手が止まらない。しっかりとしたミステリーに人間模様が絡み、読み終えた後、きっと何か心に残るに違いない。

 例えば、私達は気象や人間の行動が予知できるとしたら、未来のことも簡単に予知できてしまったら、果たして幸せなのだろうか。私達は普段の生活の中で、何分後に雨が降り出すだとか、好きな人の感情を知りたいと思う。しかし全部わかってしまったら、どうだろうか。きっとつまらなくなるのではないだろうか。人間は未来がわからないからこそ悩み苦しみ、楽しむことができるのだ。わからないからこそ努力する。それは生きる上で必要なことではないだろうか。そんなことを考えるきっかけとなる一冊だ。もちろんミステリー小説として非常に面白い。一見関係のない複数の殺人が一つにつながる時、思わず感嘆の声が漏れる。さらに、犯人に同情してしまう悲しい結末がある。ただの殺人ミステリーではないのだ。

 東野圭吾氏は人間の醜さや直視したくない問題にスポットライトを当てることが非常に上手である。まだ東野圭吾の作品を読んだことのない人は、まず『ラプラスの魔女』をきっかけに氏の多様な作品を読んでほしい。そして、他の作者の本を読む入口にしてほしい。=「週刊読書人」2018年10月12日掲載

「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(東野圭吾、角川文庫)

 人生は選択の連続だ。そしてその選択の中で悩みが生まれる。私も大きな選択を迫られていた。「どの会社に就職するか」。就活生であれば誰もが抱える悩みだろう。悩みと向き合う中で、一つの本に出会った。あらすじに「悩み相談」の文字を見つけ、もしかしたら今の自分に役に立つかもしれないと感じた。それが本書『ナミヤ雑貨店の奇蹟』である。しかし、話の内容は一筋縄ではいかなかった。

 ナミヤ雑貨店の店長ナミヤさんは、本業の傍らで人々の悩み相談を請け負っている。悩みを手紙に書き、夜に店のシャッターに投函する。すると次の日には、返事の手紙が店の牛乳箱に入っているのだ。なぜ手紙なのか。それはこの悩み相談が1970年代に行われていたからだ。しかし本書での悩み相談は、ナミヤ雑貨店が閉店してから40年後が舞台。時空を超えて過去の人々の相談を3人の男の子達が請け負うことになる。この3人は窃盗を働き、空き家となった雑貨店に身を隠すことにした。すると誰も居ないはずなのに、シャッターに手紙が投函されてきた。この手紙はいったい何なのか。3人は雑貨店が悩み相談をしていたことを知り、その真似事をしていく中で過去の人とやりとりをしていることに気付く。

 3人は相談者に対して現実的なアドバイスをしていくのだが、相手は思うようには納得しない。あまりに上手くいかないので、「わけわかんねぇ。何なんだよ、こいつ。こっちのいうことをきかないなら、最初から相談なんてすんなよ」と言い出す始末。正直ごもっともな意見だと思った。でも、もし自分が相談して「こうした方が良い」と言われても、すんなり受け入れられないだろうなとも考えた。

 ナミヤさんはどんな気持ちで悩み相談を受けていたのだろうか。本書には「多くの場合、相談者は答えを決めている。相談するのは、それが正しいってことを確認したいからだ。」というナミヤさんの言葉があった。確かにそうだなと思った。決断する自信がない、勇気が出ない、そんな時どうしても誰かに背中を押してほしくなる。「大丈夫、間違ってないよ」と言ってほしくなる。自分もこういったものを求めて、本書に手を伸ばしたのかもしれない。

 理想と現実のギャップに苦しむ人。これでいいのかと迷う人。この本には自分と同じように悩みに苦しむ人々の姿が描かれていた。しかし、どの人も自分に正直に生きたいと思っていた。そして悩みぬいて自分で出した結論に満足しているように思えた。どんな悩みでも結局最後に決めるのは自分なのだ。「何が正しいか」ではなく、「自分がどうしたいか」。誰かに言われて決めるのではなく、自分で決める。きっとそれが人生において大事なことなのだろうと、私にはそう思えた。

 もしあなたが悩みを抱えた時、この本のことを思い出してほしい。あなたの悩みに対して答えはくれないし、自信もつけてはくれないだろう。でもきっとあなたに悩みとの向き合い方を教えてくれるはずだ。ただ悩んでばかりでは苦しい。気分転換にこの本を読んで、私と同じようにあなただけの答えを見つけてほしい。=「週刊読書人」2018年1月19日掲載

「雪煙チェイス」(東野圭吾、実業之日本社文庫)

 著者・東野圭吾が手掛けるスキー場を舞台とした物語の一つ。このほかにも「白銀ジャック」や「疾風ロンド」という作品が発売されており、両作品とも「雪煙チェイス」とつながっているようだ。その中でも、この本を読んだことによって、私の中での固定概念が壊されたように感じた。

 私がこの作品を読み始めた時、最初はミステリーものと感じさせるような展開であった。しかし、物語の最後まで読み進めることによって、なぜミステリーではなくサスペンスというジャンルに分類されないのかがよくわかる構成がされていた。その違いを気付かせてくれたのは、真犯人の登場シーンである。真犯人の登場はあくまでも物語の最終部分だけであったうえ、誰が犯人かを推理する材料が全く描かれていなかった。この作品がミステリー小説ではなく、サスペンス小説であるというように再認識させられたのはまさにこの点である。

 著者の作品をいくつか読んで一様に感じるのは、物語中の情景を比較的容易に頭に浮かべることができるという点である。言い換えるとすれば、「今、目の前で紡がれている物語」と表すのだろうか。それは恐らく、著者の言葉の選択が洗練されているからではないかと思う。一語一語、語弊を招かないように工夫され、且つ短い文章で簡潔に書かれているため、読みやすいと感じるのだろう。無駄な文章も無ければ、飾り気もないように私は感じるが、だからこそある意味で美しさを醸し出している文章でもあるのだと思う。著者の作品の人気が高い理由のひとつは、この「分かりやすさ」にあるのではないだろうか。

 この作品を読んでいて、私の胸がすくように感じたのは、登場人物らの心情の移り変わっていく場面である。上司にこき使われながら、相方と極秘捜査に行かされる警察官の小杉が特に分かりやすい。彼は上司の無茶ブリに文句を垂れつつも捜査を続ける中で、とある人物に捜査を協力してもらうことになる。旅館と居酒屋を経営している女将である。小杉たちが捜査に難航するたびに、彼女は警察とは違った視点から容疑者である主人公・竜実の居場所や行動を推測する。彼女は小杉たち警察とは違い、竜実のことを殺人犯として捜査に協力していたわけではない。あくまで自分たちの故郷の平和を守るために協力していたようだ。終盤では、女将が竜実の身柄を捕えた小杉に対して、真犯人を見つけることの方が、上司の機嫌をとるよりも大切なのではないかと説得する。その過程で、女将は「一寸の虫にも五分の魂」ということわざを使う。このことわざにまつわる話を女将から聞いて決心した小杉は、遂には真犯人にまで竜実と協力して辿り着くのであった。

 自分の信じること、正しいと思うことのために、時には周りの反感を買ってでも成し遂げようとする様は、何度見ても私自身に希望を与えてくれる。

この作品は、幾度となく別の作品で見たことのあるような展開が盛り込まれているが、読者を退屈させるようなことがない作品であると思う。私のように著者の各品をあまり読んだことがない人に、特におすすめしたい一冊である。ページをめくる手が止まらないとは、恐らくこんな本のことをいうのだろう。=「週刊読書人」2017年8月11日掲載

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