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ことばの奔流「無防備であってはならない」 野間秀樹さん「言語存在論」

野間秀樹さん

 「ことばは音と光の中にある」との見方から、ことばの多層的な在り方を探究している言語学者、野間秀樹さんが新著『言語存在論』(東京大学出版会)を出した。既存の言語学とは違うアプローチでことばの原理に迫りつつ、「ことばの奔流」である現代社会を生き抜くための思考を読み手に促す。

 野間さんは日韓対照言語学の研究者で、東京外国語大学大学院教授、明治学院大学客員教授などを歴任。2010年の著書『ハングルの誕生』(平凡社新書)は日韓双方で話題の書に。

 「言語教育の主流は覚えることですが、私は考える言語教育を目指してきました。その根幹の問いが、ことばとは何か、なのです」

 音や文字で形になったことばを対象とし、頭に内在することばとは厳密に区別するのが野間さんのアプローチだ。音の世界に〈話されたことば〉があり、光の世界に〈書かれたことば〉が存在する。同一視されがちな両者の関係を、15世紀、音からハングルという文字体系を作った朝鮮語などを元にして論じる。

 ことばが伝わるありようにも、思考を巡らす。「ことば自体に意味はない。意味は、作られるのです」

 誰と誰がどんな場でことばを交わしているか。意味は、その状況の中で決まるということだ。その状況を野間さんは〈言語場〉と名付ける。会社での会話、スマホでのやりとり、あるいはお互いの人間関係やその時の気分。二つとして同じ場はない。ことばを発する側と受け取る側で意味は常に異なっているし、うまく通じないこともある。

 そんなことばに関して、現代は史上最も危機的な段階にあると野間さんはいう。「手のひらの携帯デバイスに、刻々とことばが送られてくる。その速度に対応しようとするあまり、考えることを忘れる。ことばに苦しみ、命を落とすことさえある。ヘイトスピーチなどが起きているいま、私たちはことばに無防備であってはならないのです」(西正之)=朝日新聞2019年1月16日掲載