移動と出会いへの渇望にあふれる2冊だ。25年分のエッセーを集めた『銀河を渡る 全エッセイ』と、23人の素顔に迫った『作家との遭遇 全作家論』。
『全作家論』の巻末には22歳で書いた卒論「アルベール・カミュの世界」を入れた。単行本初収録。情熱が走り抜ける文体には、すでに作家の原型がある。自身も三十数年ぶりに読み直して「本質をまるごとつかもうとする人間のとらえ方は今と変わらない」と思ったという。
虚構を生きる井上ひさしは「必死の詐欺師」であり、古びることのない土門拳には「人間に対する絶対の肯定性」があった、と書く。人物を描く方法は2種類あると言う。ノンフィクション作家が「描線で輪郭を作り上げてゆく」なら、小説家は「心臓にぴゅっと針を刺し、噴き出した血の赤さが人間になる」。「僕もノンフィクションの書き手として描線で人の形を整えていく。そのあとでぴゅっと刺したくなる。心臓に向けて、1本だけね」
ふらりと訪れたロサンゼルスのボクシングジムでミッキー・ロークが練習していた。小さな酒場のカウンターで横に座った「オッサン」が大物だった。現実がなぜか物語めく。親交のある井上陽水さんに「沢木さんってすぐ現実離れしたことが起きるよね」と言われる。「そう言われても、僕だって困るよね」
特に旅先では。ブラジル奥地で軽飛行機が墜落し、病院に担ぎ込まれた。奇跡的に打撲で済んだそうだが、エッセーの内容は事故の恐怖ではなく「現地の救急患者に目を奪われた」。オートバイにひきずられた人、拳銃で何発も撃たれた人。「僕は歩けたからね。おもしろいなと思って周りを見てしまう」
間に合わなかった出会いにも想定外のトラブルにも、濃密なドラマがある。1980年代に若者をバックパッカーの旅に駆り立てた『深夜特急』も。「旅先でだまされたら普通はショックだけど、僕は文章を書き始めていたから面白いと思ってしまう。純粋な旅人ではなく、ものを書く人間の旅だった。どんな局面でも何とかなる。それが根底にあるんじゃないかな」
(文・中村真理子 写真・池永牧子)=朝日新聞2019年1月19日掲載
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