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失敗しても大丈夫! 木ノ戸昌幸さん「まともがゆれる」に学ぶ力を抜いて生きるコツ

文:太田明日香 写真:坂下丈太郎

 木ノ戸さんは1977年、愛媛生まれ。子ども時代は優等生だったが、思春期の頃から「いい学校、いい会社、いい給料」という既存の価値観になじめなくなった。20歳のときに引きこもりや不登校の支援団体に関わり、「自立しなくていいし人に迷惑かけていいし目的をもたなくても生きていけるんだ」と思えるようになった。あるとき知人から、予想外の出来事が起こって「毎日笑えるよ」と聞いたことで、福祉の仕事に興味を持ち、26歳で福祉施設で働き始めた。そして、そこで出会った仲間たちと、2006年4月に NPO法人スウィングを立ち上げた。
 障害者が障害者福祉施設で働くことを「福祉的就労」と呼ぶが、スウィングもそのような福祉的就労の場だ。地元の企業や自治体から紙箱を折る仕事や清掃の仕事を請け負っている。
 と、ここまでは一般の福祉施設と同じだが、それ以外にスウィングでは、いろんな個性をもった人たちがそれぞれの力を活かせるようにと、ユニークな取り組みも行なっている。京都のややこしいバスのルートを全部暗記しているQさんとXLさんが駅前で観光客にバス案内をするパフォーマンス「人力交通案内」、月に1度、青い戦隊ヒーローのコスチュームを着て地域のゴミ拾い活動をする「ゴミコロリ」、スウィングに通っている人たちの詩や絵を手ぬぐいやバッジといったアートグッズ化する「オレたちひょうげん族」などなど。

黒板に貼られた習字はアート活動でつくった作品。手前の紙箱は受注している箱折りの作業

 『まともがゆれる』には、こうした取り組みが数多く取り上げられている。木ノ戸さんがこの本を書いたのは、スウィングが出しているフリーペーパー「swinging」の文章が朝日新聞の1面コラム「折々のことば」で取り上げられたのがきっかけ。「今の不寛容な社会で生きづらい人が社会を変えたり、そういう社会の中で生き延びられるヒントを書いてほしい」と依頼されたそうだ。
 コラムで掲載された「問題になる前から問題視するのは良くないのではないか」という言葉は、本にも入っている。スウィングに通う裕仁(ゆうと)くんがスマホを充電しようとしていたら、ほかの人たちに「アカン」「ダメ」と止められた出来事を通じて、木ノ戸さんが考えたことだ。その文章の中で木ノ戸さんは、人間は失敗するようにできているんだから、もっと寛容になろうと提案する。

 でも実際のところ、どうやったら寛容になれるんだろう。木ノ戸さんは「自分のまとものラインを下げるといいかもしれない」と言う。

 「それぞれみんな自分のまともとか普通をもっていて、それって人によって違ったりするでしょ。でも、自分とは違うまともと対峙したときに、俺の普通の感覚からしたらお前のそれはアウトだけど、話し合いとかいろんな過程を経てこの人の普通はアリなんだってなると、場の寛容さが増していく」

 スウィングに通うのは、知的障害や発達障害、精神障害といったさまざまな障害をもつ人たち。施設によってもいろんなカラーがあるが、スウィングではこのような寛容さを重視している。彼らにとって場が寛容であることはどんな意味をもつのだろうか。

 「『それはアリ』ってなった方が、そうしていい場所なんだっていう安心感が芽生える。昼寝しなくてもいいけど、眠くなったら昼寝してもいいんだって思えると、安心感につながる」

 実際、スウィングでは15時に来て15時30分に帰る人がいたり、眠くなったら寝る人がいたり、朝礼でも報告することは、昨日食べたご飯や帰るルートなどどうでもいいことばかりだったりするそうだ。
 こんなふうに書くとずいぶん自由でうらやましい、なんて思うかもしれない。だけど、彼らの中には、一般企業で働いたことがあったけどうまくいかなくて、途中で軽度の知的障害や発達障害と診断されて、スウィングに行き着いた人もいる。9時から5時のリズムで働くとか、ずっと同じ場所で同じ作業をするとか、人前で発言するといった、社会では「普通」とされていることが合わなかったり難しかったりする人にとっては、この安心感があるから続けられるようだ。

 それに、彼らは決して最初から自由だったわけではない。例えば今は人力交通案内で人気者のQさんだが、知り合って最初の頃は、とても暴力的だったという。Qさんのなかで常識やコンプレックスがこんがらがってうまく自分を出せなかったのが、スウィングで自分の得意なことで認められることでじょじょに穏やかになっていったそうだ。

 「たぶんQさんの本質が変わったわけじゃなくて、Qさんは元々は親切で、人に関わるのが好きで、そういう素の自分を素直に出せるようになったんじゃないかな。人間の成長っていうのは変化するよりも元の自分自身に帰っていくことっていう気がする。がんばってなんぼって言い方があるけど、逆じゃないか。力抜いた方が自分を出しやすい」

「ゴミコロリ」「人力交通案内」などの活動をしているQさん(左)

 弱みを見せてはいけない、失敗するのは恥ずかしいことだ、そうやって生きていると、他人の失敗も自分の失敗も許せなくなる。でも、例えば浪費癖があって親の年金を使ってキャバクラ通いをしていた増田さんが自分の弱さを受け入れ、生活費を人に管理してもらい、ヘルパーさんにうちに来てもらった。その経緯を展覧会にしていろんな人に知ってもらったことで、生きやすくなったように、弱みを受け入れてオープンにした方が楽になれる場合もある。

 「隠さなきゃいけない生はない。隠そうとする態度の方が卑屈だし、人は完璧に生きられなくて当たり前。世の中にはいろんな人がいるはずだし、いていいはず。そういう人たちが『ああ、いるな』って普通に思えるのが大事な感じがする。」

 この本で書かれているのは、木ノ戸さんも含めて、自分の「まともじゃなきゃ」という殻を脱ぎ捨て、自分の弱さを認めて、「自分らしさ」を軸に生きようとしてもがいてきた人たちの姿だ。それは「まとも」に合わせて窮屈に生きていたときよりも、楽しそうだし、生き生きしている。
 今、なんとなく苦しいなと思っているなら、この本を読んでみるといい。彼らのように、力を抜いて楽に生きられるヒントが見つかるかもしれない。