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本屋は気軽に始められる ソウルと台北を訪ね歩いた内沼晋太郎さん、綾女欣伸さん「本の未来を探す旅」

文:永井美帆、写真:斉藤順子

未経験でもとりあえずやってみる

――2017年6月に出版されたシリーズ1冊目『本の未来を探す旅 ソウル』には、詩集の専門書店を開いた若い詩人や、内沼さんがつくった「本屋B&B」に刺激を受け、ビールが飲める本屋を始めた姉妹など、ユニークな24人が出てきます。ソウルの独立書店や独立出版物に注目したきっかけは何ですか?

内沼:13年に『本の逆襲』という本を綾女さんと一緒に作って、その韓国語版が出るということで、16年に刊行を記念したトークイベントに呼ばれて、綾女さんとソウルに行きました。その時、韓国語版の編集者とブック・コーディネーターの方が2日間かけてソウルの本屋やブックカフェを案内してくれたんですけど、想像以上に面白い本や本屋がたくさんあって、「すぐ近くで、こんなに面白いことが起こっているのに、全然知らなかった」と。そこで働く人たちの考えをもっと知りたくなり、帰りの空港で既に「本にしましょう!」と盛り上がっていました。

綾女:ソウルでは本屋の経験がない若者でも、どんどん始めています。象徴的なのが、猫専門の本屋をやっている1985年生まれの女性です。「猫が好きだから」というだけで大学院を出た後、いきなり本屋をつくっちゃったんですよ。「本はどうやって集めたんですか?」って聞いたら、「まずはネットで『猫』『本』で検索した」って(笑)。「未経験でもとりあえずやってみる」というのが特徴ですね。次に専門性。自分の強みや好きなものに特化していて、ミステリー専門とか、読書会に特化している本屋もありました。専門化することで、その話題についての情報発信基地になります。セミナーやワークショップを開けば人が集まり、コミュニティーが出来ます。それがまた強みになるんです。

――昨年12月に2冊目の「本の未来を探す旅 台北」が出版されました。日本のアンダーグラウンドな漫画も扱う本屋&漫画喫茶を開いたカップルなど、個性的な31人にインタビューしています。続編に台北を選んだ理由を教えて下さい。

綾女:ソウル編を出版する時、日本以外にも韓国、台湾、香港から独立系の出版社や書店を招いたブックフェア「ASIA BOOK MARKET」の第1回が大阪で開かれて、内沼さんと一緒に韓国の出展者10組をコーディネートしました。そこで出会った台湾の若き出版人や本に、韓国と通じる、でも何か違う魅力を感じたんです。実際に内沼さんと台北を訪れてみたら、やっぱりすごく面白くて、「台北編も作ろう」と。もともとシリーズでやることに意味があると思っていたんです。旅って、また新たな旅へと派生していきますよね。

内沼:台湾では副業が当たり前で、本屋や出版社も別の仕事をしながらやっているんです。韓国よりさらに人口が少なく、市場規模が小さい台湾で本を作って売るということは、日本や韓国よりずっと厳しいはずです。それでも本が好きな人たちが他の仕事で食いぶちを確保したり、本屋とギャラリーやカフェを組み合わせたりしながら、何とか成り立たせている。ソウル編のメッセージが「もっと気軽に始めても良いんじゃない?」だとしたら、台北編は「全ての時間と空間を使わなくても良いんじゃない?」という感じでしょうか。ワインの輸入販売業をしながら出版社をやっている人もいると聞きました。

――本屋ってそんなにすぐ始められるものなんですか?

内沼:日本で店を構えるというと、大ごとに捉えられるかもしれないけど、ソウルにしても、台北にしても、もっと気軽なんですよ。特に本屋となると、日本の出版流通システムはすごく特殊で、大きな取次があって、そこに口座が持てないと本屋を始められないと考えている人が多い。実際は小さな取次を通したり、出版社と直接取引したりも出来るのですが、主流ではないです。一方、韓国や台湾ではそのような巨大なシステムに集約されていないので、個人でも出版社と直接取引するのが当たり前です。日本も働き方改革で副業が緩和されてきたし、今後は個人で本屋を始める人がもっと増えるかもしれないですね。

綾女:台湾では80~90年代生まれの若者を「小確幸世代」と呼ぶそうです。「小確幸」とは「小さいけれど、確かな幸せ」という意味。日本や韓国にも通じる現象ですが、大きな会社に就職して、高い給料をもらって、自分の家を持つ、というような過去のキャリア形成が崩れてきている。それだったら、「自分の出来る範囲で、好きなことを仕事にしよう」という動きもあって、そう考えた時、本屋って割と気軽に始められる現実的な選択肢のひとつなんだと思います。

出版の市場規模が小さいと面白いアイデアが生まれる

――現地取材を通じて、ソウルと台北で独立書店、独立出版のムーブメントが広がった背景には何があると感じましたか?

綾女:韓国と台湾が民主化されたのは、ともに80年代後半(韓国の民主化宣言と台湾の戒厳令解除はいずれも87年)で、その前後に生まれた人たちがブームの担い手になっています。成長の過程で海外の文化にも触れやすくなり、若い頃からインターネットが当たり前にあって、国内外の情報にフラットにアクセスしてきた世代です。台北でのインタビューの中で「時間」や「積み重ね」といった言葉が何度も出てきたのが印象的だったんですが、彼らは「実験的に始めてみた」だけじゃなく、「ずっと続けていきたい」と考えているんです。ソウルの人たちも思いは同じでしょうけど、お国柄なのか変化の振れ幅が大きくて、ソウル編の刊行後になくなってしまった本屋も結構あります。とはいえ、この2冊とも「こういう本屋や出版社がある」というガイドブックとしてだけでなく、「こういう考えでやっている若者がいる」というドキュメンタリーとしても読んでもらえたらうれしいですね。

内沼:例えば漫画でも、映画でも、音楽でも、日本人の僕らには自分が生まれる前から脈々と続いているサブカルチャーの系譜があって、過去の作品にも簡単に触れることが出来るし、メインカルチャーとの境目もあいまいになっています。ところが韓国や台湾では、そもそも自分たちのサブカルチャーが作品として残っているのはここ30年くらいで、彼らの言葉を借りれば、「切断されている」んです。まとまった文脈やアーカイブがないからこそ、「自分たちが積み重ねていく」という意志を持っている。その分、距離的に最も近い参照先である日本について詳しい人も多くて、日本の独立書店に1軒1軒メールして訪ね歩いたり、日本でもあまり知られていないような漫画雑誌の台湾版を出版したり、すごく細部まで僕たちのことを見ています。

――ソウル、台北の次に注目している街はありますか?

綾女:実際には行ってみないと分からない(笑)。でも、続編を作る場合の条件がだんだん分かってきた気がします。まずは日本より人口が少ない、マイナー言語国であること。つまり出版の市場規模が小さいということですね。環境条件が厳しい方が、それを何とか乗り越えようとする力が働いて、面白いアイデアが生まれやすいのではないかと思います。そして、そうしたアイデアをある程度成熟した読書文化が支えていること。「ASIA BOOK MARKET」のつながりで香港にも注目しているし、タイやベトナムだって面白いかもしれないですね。

内沼:ひとつだけじゃなく、複数の都市を組み合わせても良いかもしれない。あるいは、あえて国内で、東京だけでなく沖縄とか。沖縄には県内だけで流通している「県産本」が結構な数あるんですよ。例えば東京の出版社が作ったガーデニングの本を参考にしても、植生が違うからうまく育ちませんよね。地理的にも文化的にも、沖縄ならではのものが多い。那覇のジュンク堂書店では沖縄についての本を1万5000冊以上も扱っているそうです。もちろん県産本専門の本屋もあるし、本に限らず個人で店をやる人も多く、軽やかなイメージがあります。いずれにしろ、独立してチャレンジしていく「人」にフォーカスしていきたいですね。