1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. 肉体と魂に命がけの愛の点滴 木本美紀「蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年」

肉体と魂に命がけの愛の点滴 木本美紀「蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年」

 あの頃、娘がヒデキ(と呼んでいた)の追っかけで、後楽園球場のコンサートに毎年足を運んだものだ。それを知った友人で「寺内貫太郎一家」の演出をしていた久世光彦が、ヒデキが出演しているこのドラマに僕を引っ張り出して、ヒデキと娘の仲をとりもってくれた。おまけに彼女はヒデキから子犬をプレゼントされた。お返しにコンサートツアーやレコードのPRポスター、エッセー本の装丁をデザインしたのも今は昔。
 ヒデキはいつも次の行動をしたくてウズウズしていた。本書でも、家でさえジッとしていないで、次々と行動パターンを変えていく。常に肉体の細胞が沸騰していて、突き上げてくる衝動こそが彼の自然体だった。
 そんなヒデキが病に侵されて動けなくなってさえ、彼の肉体は勝手に行動を求め、彼をステージに連れ出そうとする。感覚人間の肉体は脳に代わって思考しながら未来の時間に向かっていた。彼のステージはいつもアスリートのようでエネルギッシュで、脳化された肉体が観念も感情も超えているように見えた。ぼくはそんなヒデキの自然体に宇宙を感じた。
 行動する肉体派歌手・西城秀樹が病で肉体の自由を奪われた時、肉体の声も沈黙し、彼の話す言葉も次第に少なくなっていった。話し続け、歌い続け、動き続けていたあのヒデキの身体性が休止するときが、彼の死の時であった。
 本書は劇的な感動の書である。18年間連れ添った夫人と3人の子供に囲まれた平和で幸せな家庭は、絵に描いた物語のようだった。そんな理想郷のような家庭を最高の価値あるものとしているヒデキの病んだ肉体と魂に、夫人は命がけの愛の点滴を注入していく。ヒデキのラストシーンの夫人の描写は、実にありのままの現実を、フィクションをまじえずに透明な言葉で、夫「秀樹さん」を静かな蒼(あお)い空へ見送っていく。
 「どうか西城秀樹を忘れないで下さい」木本美紀

    ◇
 小学館・1512円=4刷10万部。18年11月刊行。担当編集者によると、刊行してから連日のように、この本を読んだ人たちから著者と家族に、励ましの手紙が届いているという。=朝日新聞2019年1月26日掲載