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起業のヒントは「寅さん」にあった えらいてんちょうさん「しょぼい起業で生きていく」

文:加賀直樹 写真:有村蓮

――著書は2018年末の刊行から約1カ月、すぐに重版がかかったんですって?

 じつは初版で14000部、積んで頂いていたんです。「インターネット芸人」第1作としてはありがたい異例な対応を受けて……。出版社からは、「インターネット芸人」の本にありがちな、初速でバーンと(売り上げが)行ってから、すぐに落ちるタイプではなく、継続して売れ続けていると聞き、「ネットに触れない層にも届いているのかなあ」と。それはありがたく受け取っております。

 朝起きられない、意味もなく人に頭を下げるのが嫌い……私の特性を冷静に分析すればするほど、会社という組織で、サラリーマンとして働くのはほぼ不可能だということが、学生時代から明白でした。(中略)現在は、商売繁盛で手が回らなくなり、リサイクルショップや学習塾は事業譲渡し、私はアドバイザーという立場におります。(中略)何をもって成功かという問題はありますが、私の感覚においてはとりあえず妻と子どもと私が食べていければ成功ですので、そういう意味ではまぎれもなく成功者です。(中略)ただ、起業したときの私は特筆すべき技術も資産もない、ふつうの人間でした。(本書から)

――最初に読んだ時、「企業に勤めなければダメ」「サラリーマンにならなきゃダメ」「そこから落ちた人は落伍者」みたいな、日本社会に蔓延る「変な宗教」に罹った人の洗脳を解く本だな、と思いました。いま、28歳なんですよね。

 平成2年生まれです。既婚者で、1歳の息子が1人と、4月に、女の子が生まれる予定なんです。

――おお、おめでとうございます!

 僕、慶應義塾大学の経済学部出身なんですけど、皆さんが想像されるような「20代の慶応卒、起業家」というワードで想像されるタイプとは違う起業をしてきました。

――慶応大学の学費は、自分で稼いだんですってね。

 親も金がなかったもんですから、アルバイトして在学中に支払いました。親は手広く商売していたようです。あまり詳しくは分からないんですけど、親の都合で引っ越しを繰り返しつつ、基本的にはここ、東京・豊島区で育ちました。地元の中学を卒業し、都立高校を卒業し、慶応に進学しました。

最初はシェアハウス運営から

――大学在学中の2015年10月、「リサイクルショップ」という形で店舗型のお店をオープンし、起業家の道を進むことになるわけですが、それ以前にも、シェアハウスを経営していたそうですね。

 経営というほどではないですけども、友人と共同運営みたいなかたちで、やっていました。就職活動をする気がまったく起きなかったんです。その理由というのが、朝、起きられない。

――「就職活動なんてやってられない」「そもそも毎朝、決まった時間に起きてスーツ着て満員電車に乗って会社行くのが無理」。そういう理由で、あいまいに起業した、と本書にありますね。

 あとですね、「男はつらいよ」が好きだったんです。あれをやりたいと思いまして。

――「フーテンの寅次郎」。渥美清さん。

 そうです。シェアハウスというのは「人間が集まる場所」。集まって、いろんなことが起これば楽しいだろう、と。「寅さん」的ドラマが起こるだろう、と思ってやったんです。ところが、シェアハウスってひとが集まりにくいんです。

――どうしてですか。

 シェアハウスって住む場所じゃないですか。当然、家賃がかかる。家賃を皆で折半するという形になるわけですよね。ということは、昼間は皆、働きに行かなければならない。外に出ている時間は稼げるけれど、シェアハウスにいる時間は消費するだけ。「儲けよう」と思ったら、外にずっといなければいけない。それでは人間が集まらない、何のドラマも生まれない。僕、ずっと「なぜだろう」と考えたんです。寅さんの葛飾・柴又の団子屋「とらや」には人が集まり、ドラマが起こる。なぜだ。その時、気づいたんです。「とらや」はそこで商売しているからだ、と。

――お団子を常に売っている。

 お団子を常に売るため、おばちゃん、おいちゃんが常にいる。いつ「とらや」に行っても、「おかえり、寅ちゃん」と迎え入れて、ドラマが発生する。そのことに思い至ったわけです。

「とらや」的システムが無くなっていった平成期

――ドラマが生まれ、そしてその場でお金を稼げるシステムができている。

 「とらや」的、「男はつらいよ」的システムが、平成では無くなる方向で進んできました。商品をできるだけ多く並べる。それには売り場面積も大きくなるべきだろう。一見もっともらしい理屈ですけど、それで何が起きたかというと、店と住居の分離。住む場所で人は生産していないことになったわけです。それではドラマの幅が狭まる、と気づいた。で、考えたのが、「とらや」を作りたい、と。

――それにしても「男はつらいよ」、えらてんさん世代には渋いなあ。ずっと好きだったのですか。

 結構前からですね。両親の影響を受けて、というわけではなくて、独自で観ていた。「こち亀」(漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」)から入ったのかな。「こち亀」のなかで寅さんってよく取り上げられるので好きになった。高校生か、大学生か覚えていないですけど。

――一方、同時に生活保護の随行ボランティアもしていたそうですね。ちょっと耳慣れない仕事。

 両親がもともと炊き出しとかをする人だったんです。どちらかといえば左翼寄り。貧困は、社会のせいであり、政策の失策であった、と。自分も大学でマルクス経済学を学びました。

――「マル経」ですね。

 毛沢東主義、レーニン主義、一通り勉強を済ませたんです。で、まあ、実際に貧困の現場で喘いでいる人を助けたい、……なんて言ったらおこがましい言い方になりますけども、「自分でも何か力になろう」と、やっていたわけです。

生活保護の「水際作戦」を阻む

――どれぐらいの期間、従事したのですか。

 期間としては2~3年。今でもやっています。生活が困窮していると言ってくる人に、「生活保護という制度があって……」と説明し、役所まで一緒に行っています。一人だと「水際作戦」で、断られてしまうことが多いんで。

――「水際作戦」。生活保護を受けさせないために、あの手この手で追い返し、申請させないようにする対応。「随行ボランティア」というのは、付いて行き、手続きを手伝う、ということですか。

 そうですね。あれ、付いて行ってあげないと、いろいろ理屈を並べられて断られちゃうことがあるんです。「相談に来たんですね」「はい、相談に来ました」。そう言ってしまうと、「じゃあ、もうちょっと頑張ってみましょうよ」と。

――「申請」できずに追い返されてしまう。

 申請できない。生活保護って申請をすれば審査しなければならないことになっていまして、「申請を今日させてください」と言ったら断れない。そういうワードを知っているかどうか。何かもう、「本当に今日、帰る場所が無くて」という人には結構積極的なんですけど、「パッと見」で元気そう、働けそうな人はできるだけ追い返すようで。その時には、法的な知識が重要になってくると思うんです。

――えらてんさんは、彼らとどうやって知り合うんですか。

 中学の後輩とかですね。それからインターネット。「もし困っている人がいたら」ということを発信していたので、そこ経由で来たり、とかしていますね。

――弱者に寄り添う精神を持ちながら、リサイクルショップを立ち上げたのが2015年10月。数ある業種のなか、リサイクルショップを選んだのは、理由があったのでしょうか。

 僕、モノを捨てるのが厭なんです。最近ようやく捨てられるようになってきたんですけど、モノというのには魂がこもっている。具体的に言うと、生産者の苦労が詰まっていると思うわけですね。ですから、それは適切に供養しなければならない。

――「供養」とは。

 どういうことかと言うと、加賀さんの目の前で、加賀さんが書いた記事をクシャクシャとされると、厭な気分になられますよね。

――まあ、カチンとは来るでしょうね。

 私はそれを思って、マルクス読んだ結果ですけど、「人の労働っていうのは大切にされなきゃ駄目だよな」と思ったわけです。ずいぶん、モノが捨てられている。使えるものがたくさん捨てられている。これを俺が供養せなアカンと。モノの供養が、結果的に過去の人の供養になるだろうと。

ネットで調べて軽トラを直す

――ああ、その観点がどことなく、生活保護の申請に付いていく姿勢と繋がってきました。起業に際して、初めに行ったことは。

 軽トラックを買いました。これがないと、リサイクルショップは話にならない。5万円か10万円で、「ヤフオク」で買ったんです。安いので。ボロボロで、自分で整備しました。穴が開いていて、「ここからガスが出ているから車検通らない。駄目だ」って言われて。ホームセンターに行ってきて、パテを買いました。……整備ってレベルじゃないですけど。

――凄いなあ。蛮勇というべきか。子どもの頃から手先が器用だったのですか。

 いや、全然。インターネットで調べたんです。他人に聞いたりもして。私は「よろず屋」になりたかった。あらゆることができる人間になりたかった。そうすれば、他人のためになれるし、他人の労働の大変さを分かるはず。なるべく、多くのことは自分の手でやってみたい。実際、金が無かったというのもあるんですけど。

――でも、それで本当に車を直しちゃうんだから、大したものですよね。

 いま、凄いんですよ。YouTubeだと、たとえば、「エアコンの取り付け方法」とか検索するじゃないですか。そうすると動画が出てくるんです。エアコンの取り外し、じつはそれだけでお金をもらえる。それだけで商売になる。

――実際にやっていたのですか。

 やりました。中古エアコンの取り付けは、じつは難しいんです。特殊な機器を使ってフロンガスを抜く作業などがあるんですけど、技能が大変。フロンガス漏れちゃうと環境に良くない。新品エアコンと比べると、中古のほうが難しい作業なんです。だから、中古品を引き取っては来るけど、じつはエアコンって貴金属がいっぱい使われているので、そのまま資源屋に持っていったほうがお金になりました。中古の取り付けは商売としては諦めました。

――エアコンの世界にはそんなことがあるのですか。そして友達の学習塾を受け継いで。

 友達というか、リサイクルショップをやっていた時に来たお客様ですね。リサイクルショップには「引っ越しをするので、残置物を片付けて」という依頼が来る。「明日まで片付けないといけないんだけど」って。それを回収して、選別して売ったり適切に処分したりするわけですけども。そのなかで、「店を辞めるから片付けてほしい」という依頼が来るんです。

そのなかに「学習塾を辞めたい」というのが近所でありました。見積もりの打ち合わせ時、ふと「何で辞めちゃうんですか?」と聞くと、「妻が病気がちで、遠方に行かなければならず、続けたいんだけど、続けられない」と。「ああ、そうなんですか。残念ですね、生徒もいるのに。……僕にやらせてくれませんか」って。そうしたら「いいよ」ということで。

――唐突な展開! 無料で引き継いだんですか。

 はい。前任の先生としては、学習塾の名前が残るのが嬉しい。ここからすぐ近くの椎名町にある「みらい塾」っていうんですけど。生徒たちも、自分の昔通った塾が無くなっちゃった、ってなったら寂しいじゃないですか。僕、いちおう家庭教師の経験もありましたし、できるんだったらやってみようかなと。教えているのは中学生です。今は、塾の運営は知人に譲ったんですけど、名前はそのままで、僕が教えた生徒の中で、今も家庭教師として受け持っている子がいるんです。週2回、高校生の数学を教えています。リサイクルショップの名前は「ピックアップ」。すぐ近くにあって、モノがいっぱいあり、ごみ屋敷みたいになっているんですけど。そこも友達に譲ってやってもらっています。

「宗教」「数学」……ユニークな「日替わりバー」制度

――そして2016年6月に、このバー「エデン」をオープン。古き良き昭和の雰囲気。カウンターとボックス席、この年月の重ね具合、渋いお店ですね。今は全国7店舗を展開。いずれも「しょぼい起業」をしたい人が手を挙げ、フランチャイズ化を図ったのですね。お客さんに対峙する商売が向いていると思ったのですか。

 全然そんなことないです。塾なんかも、リサイクルショップだからこそできた人間ドラマで、「寅さん」ができたな、と。リサイクルショップ、思ったより儲かっていたんです。全然お金使わないものだから、月に40万円純利があったら、40万円殆ど給料。何に使っていいか分からない。残っちゃうと税金的に不利だし、どうしようかなと思った時に、我々、友達とかと喫茶店に行きますよね。「自分の場所があったら良いな」と思ったんです。

そうしたら、「あそこのカラオケ店空いたらしいよ」って近所の人から教えてもらった。その流れで、かつてバーを経営していた80代のおじいさんが、「うちにカラオケの機材あるから持って行きなよ」と言ってくれて。「じゃあ、借りちゃおうか」って。

――カラオケ機材っていうのは、通信機材?

 (笑いながら)それを当てにして店を借りたのに、機材がとてもショボくて。思っていたのと違う。でも、おじいさんに「これ、無理ですよ」とも言えないし。

――良かれと思って言って下さったから、突き返すこともできず……。

 そう。ちょっと「寅さん」的ズッコケ。「当てが外れた」とは思いつつ、「借りちゃったから何とかしないと」。僕、お酒一切飲まないんですよ。バーも行ったことなかった。だから、何をどうすればよいか分からない。今でこそチャージを取っていますが、当時は取らずに、ソフトドリンク1杯200円、ビール300円とか、訳の分からない金額設定だったんです。

――ところが、お店は繁盛しているんですよね。大きな特色は「日替わりバー」の制度。毎日、カウンターの中に入る人が変わって、それぞれ独自テーマを設け、いわば「一夜限りのナイト」みたいなことが夜な夜な繰り広げられています。こういうシステムを決めたのはなぜ。

 友達が「貸し切ってここでイベントやらせてくれ」と。経営コンサルタントなんですけど。「ああ、いいよいいよ」と言って。「どうやってお金払えばいい?」「決めてない。適当で」。そうしたら、「これだけ払うから、これでいい?」「いいよ!」って。同じような人がいっぱい来るようになって、こうなりました。儲けようと思って借りたわけではなく、店を借り、店を開けておき、人が来たら、ビジネスになった。これも「とらや」ですよね。

――重要なのは「店がいつも開いている」ということですね。「あの店、いつ開いているか分からない」ではマズい。

 毎日開いているから、気になって「行ってみよう」となるわけです。企画で言うと……、朝日新聞向きかどうか分からないですけど、「死にたいバー」とかやりました。要するに死にたい人が集まるバーです。止めたり勧めたりしません。「ああ、死にたいんだ。バーで聞きますよ」みたいなことをTwitterで呼びかけたら、それがバズった。

――ちょっと他に聞いたことないバーですよね。あと「宗教バー」なんかもありますね。

 「宗教、政治はNG」という風潮があったんで、じゃあ逆に、宗教と政治だけ話すバーにしようぜ、と。面白いことやろう、企画考えようぜって。それから「数学バー」。大学入試の数学の問題を店でひたすら解く。これ結構、人気だったんです。

――皆、黙々と解くんですか。飲みながら。

 お通しと一緒に大学入試問題を出すんです。難問を持ち寄って。結構、インテリ層にも受けたんですね。大学教授も来たりして。

――お店のカレンダーを見てみると、ほぼ連日、何らかの「バー」が開かれるのですね。

 2月は殆ど埋まっているんじゃないかな。「元信者バー」とか。ある宗教を脱会した女性がいて、信仰から離れた。そうすると人間関係が全然ないということで、「じゃあ、バーやれば」って。どれだけ集まるか分からないですけどね。

――お店のかたわら、2017年からブログ開設。2018年からはYouTubeを始め、世界中の人に視聴されています。Twitterよりも視聴時間が圧倒的に長いし、過去の作品を見てもらえる。何なら、自分が寝ている間に、YouTubeの中の自分が全世界に喋り続けている。こちらの反応って?

 めちゃくちゃ多いですね。「えらてんさんを見に来ました」って実際にやってくる。ブログもバズった月に約60万PV、ブロガーとしては多いほうなんですけど、YouTubeって最高でひと月900万PVとかあるんですね。次元が違う。

――この本の章立ては、「嫌な仕事を辞めよう」から始まって、「しょぼい起業」を考える。それを実際の店舗にする。そして、仲間を増やしていく。流行らせていく。「家賃を二重払いするくらいなら、店に住む」から「居心地のいい場所にやりたいことがあれば人はタダでも働く」、「広告宣伝費は、自分の愛想と足で賄う」などなど、起業という概念に対する先入観がちょっと覆される気がします。そして、えらてんさんに感化され実際に起業したという「しょぼい起業」の実例集では、胸を熱くするエピソードがあって、実用書という範疇を超えたストーリーが盛りだくさん。それにしても、インターネットの申し子のえらてんさんがなぜ、書籍という分野で発信したのでしょうか。

電書ではなく書籍の形にしたかった

 ブログで「しょぼい起業」の話を書いていた時、PVが少なかったんです。生活保護の人気の記事が20万PV、起業の記事は1万以下だったんですね。ところが、それを見て実際に起業しちゃう人が大量にいた。「エデン」の各店の店長もそうです。ほかにもたくさんできたんです。「これって、凄いな」と思いました。私も嬉しかった。

 その時、「『PVがどれだけだから』という発想は辞めようかな。人を動かせる、人を感動させる文章をまとめたいな」と思ったんです。Twitterで「本を出したいんです」って呟いたら、数社、出版社から反応がありました。今なら電子書籍で良いじゃん、ブログで良いじゃん、となるはず。だけど、僕は書籍にしたかった。本屋さんで並べたかった。そこで初めて届く層って必ずいるはず。本が売れて、各地で変な店ができたら面白いな。「とらや」みたいな店が全国に更にできたら良いなって。

――「種」がどんどん広がり芽が出るのですね。なんでも、全国の書店を70件以上も回ったとか。

 仕事、労働の成果をすごく大切にしたいと思って、実践しているつもりです。その人たちに「ありがとう」と言って回りたい。僕なんか今、働いていないわけですよ。動画を撮ったり、本を書いたり、へらへら遊んでいるだけ。後ろめたい感触があるんです、僕のなかで。

 塾もリサイクルショップも、自分の手で、働いて、場所を維持して、ということをずっと考えてきた。それをやってきた自負があるもんですから。今、人がやってくれるようになって「ラクだな」と思う半面、後ろめたい。売文家として稼ぐ商売になっているところが申し訳ないんです。僕がこう喋るだけで記事になるというのも、ありがたいんです。

――でも、それでお店を起業したり、新たな自分の意識改革をしたりする人がいる。「種」を皆に撒いているじゃないですか。それこそが、えらてんさんの「仕事」では。

 僕の思想を伝えられるのは、書店で僕の本を棚に並べてくれている人たちだったり、動画を編集してくれる人だったりする。僕は喋っているだけですので、虚業も虚業なんです。読んでくださる皆さんの日々の労働を尊敬します。それが、この僕の本に書いてあることです。